エレベーターを5階で降りた二人は撮影をしている部屋へ向かった。
長い廊下の一番端の廊下には撮影機材が置かれていた。そこが現場のようだ。
途中こちらへ歩いて来たスタッフが二人に気付き声をかける。
「東条さん、お疲れ様です」
「お疲れさん」
一樹は挨拶を返すとそのまま部屋へ向かった。そして部屋に着くとドアを開けて中に入る。
そこで一樹に気付いたスタッフが小声で挨拶をした。その奥にいた数名のスタッフも一様に無言のまま深々と頭を下げる。おそらく今撮影中なのだろう。
一樹が部屋の入口まで行くと、突如女性の喘ぎ声が聞こえてきた。ヤスの言う通り特徴のあるとても美しい声だ。
「ぁああっ、い、いやぁっっ、いゃぁ………」
「ハァッ…..いいよ渚ちゃん….すごく締まるねぇ~……ああっ、もう駄目だ…クッ……」
「ぁああ……いゃぁあ……中はだめぇっっ……」
「うっっ……」
一樹がベッドを見ると、両手を頭の上で拘束され目にアイマスクをつけた女がベッドの上でぐったりとしていた。
AV男優は全てを中に放出した後、女の目隠しを外す。そしてその行為直後の淫らな顔をカメラマンがアップで捉えた。
もう一台のカメラは女の局部を捉えている。女の秘部からは白い液体が溢れていた。
女優の顔を見た一樹の眉が一瞬ピクリと反応する。
女はくっきりした目鼻立ちに少しぽってりとした唇のかなりの美人だった。
ブラウン色の長い髪は彼女の肩から胸の部分を程よく隠し、その隙間から見える胸は美乳だ。
そしてヤスから聞いた通りとても美しい声をしていた。
その時監督の声が響いた。
「ハイッ、カットカットーッ! いいよー渚(なぎさ)ちゃん、最高にいい画が撮れたよーありがとうねー」
監督の声と同時に室内がザワザワと騒がしくなった。
ベッドへ横たわり両手で顔を隠していた女優は、監督の声で正気に戻り無言でベッドから降りる。そしてヘアメイクの女性にバスローブを着せてもらうと二人で出口へ向かった。
女優はうつむいたままだったので、廊下にいた一樹には気付かずに部屋を出て行った。
その時、監督の持田(もちだ)が部屋の入口に立つ一樹に気付いた。
持田は一樹が他のAV製作会社から引き抜いて来た人材だ。持田は有能で脚本から演出までを全て手掛ける。
よくあるありきたりのAVとは一味違う作品を作り出すので、持田の作る映像は業界でもトップクラスだった。
この持田のお陰で藤堂組のAV事業部の売り上げは爆増していた。
「東条さん、お疲れ様です。今日はわざわざすみません」
「お疲れ! 今の子が新人?」
「そうです。なかなかの上玉でしょう?」
「だな。で、身元は大丈夫?」
「ああ、その点に関しては問題ないです。あの子は施設上がりの子なんで」
「……施設上がり? ここへは自分で志望して来たの?」
「いや、それがちょっと珍しいパターンなんですよ。実の兄の紹介で来たんです」
「…………」
一樹は驚く。
(実の兄が妹を売ったのか?)
「振込は? 出演料の振り込み先はその兄貴の口座か?」
「いえ、それはちゃんと本人宛です。私も気になって渚ちゃんに何度か聞いたんですが、お金が必要だとしか言わなくて。借金はないって言ってましたがそれ以上の事は話したがらなくて」
「じゃあ本人は納得済みでこの仕事をやってるんだな?」
「もちろんです。じゃないと俺らが犯罪になっちゃいますよぉ~」
「確かにそうだな……。忙しいところを邪魔して悪かったな。じゃあ後はよろしく!」
「お気をつけて!」
持田が深々と頭を下げると、一樹は軽くうんと頷いてから出口へ向かった。
その後をヤスがついて行く。
廊下に出るとすぐにヤスが口を開いた。
「鬼畜ですね。兄が妹を売るなんて」
「だな……俺も初めて聞いたよ」
「自分の女を売る奴とか客を売るホストはいますけど……身内がって言うのは……マジ何考えてんだか!」
「ああ……ほんとだよな」
前を見つめて歩いていた一樹は、ふと何かに気付いてヤスに言った。
「先に行っててくれ」
「まだ何かあるんですか?」
「うん、ちょっと……すぐ行くから」
「わかりました」
その時ちょうどエレベーターが5階に来たのでヤスは下へ降りて行った。
一樹はエレベーターを通り過ぎるとそのまま前に進む。そして7~8メートル行った所で足を止めた。
そこには先ほどのヘアメイクの女性がいた。女性はかなり心配そうな顔をしていた。
「どうした?」
「あっ、東条さん、お疲れ様です。いえ……別に……」
女性が口ごもったので一樹はもう一度聞く。
「何があった?」
その時ほんの少し開いたドアからワンワンと泣き声が漏れてきた。その声には特徴があったので誰が泣いているのかすぐにわかった。
泣いているのは先ほどのAV女優だ。
「何で泣いてる?」
「………あの……誰にも言わないでって言われているので…すみません……」
「ん、大丈夫だ、誰にも言わないから。前の撮影の時も泣いていたのか?」
「はい……前回は処女喪失動画だったのでもっと激しかったです。可哀想なくらいでした」
「処女? 彼女は確か23~24だったよな? それで処女喪失?」
ヘアメイクの女性は神妙な面持ちでうんと頷いてから口を開く。
「今は24ですが撮影当時はまだ23でした。彼女は多分そういう面では凄く真面目な子だったんだと思います」
「………」
ベッドの上で手を縛られて目隠しまでされ、ガタイのいい男にやられまくっていた女が処女を失ったばかりの女だと知り一樹は愕然とする。あの怯えたような声はもしかしたら本当に怯えていたからではないのか? 一樹はそう思った。
この業界に入る女は元々経験豊富な女が多い。それは風俗で働いていたり援交で身体を売っていた女がほとんどだからだ。
そして皆自分が作った借金の返済の為に、割り切ってこの世界へ入ってくる。
しかし今回は違うようだ。
「なるほどな……うん、教えてくれてありがとう。彼女のフォローよろしくな」
「承知しました」
一樹は軽く頷くとエレベーターへ向かった。
丁重に頭を下げ一樹を見送った女性は、再び部屋から漏れてくる切ない泣き声を聞きながら心配そうに佇んでいた。
コメント
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辛すぎる…😭
壮絶な状況を一樹さんは黙って見ていられないよね。 早く彼女を引きあげてください🥲 兄にはどぎつい制裁を、と思うけれど兄の本心、2人の事情が知りたい
今後の展開に期待しております。ここからどういうふうに幸せに向かっていくのか。楽しみです。