ミラには「正直に話して謝れば許してもらえる」と言ったが、エステルについてはどうか分からない。
以前、ミラを勝手に庭へ連れ出したときは激しく叱責され、あわや追い出されてしまうところだった。
今回は、そこまでとはいかなくても、やはり叱られはするだろう。
そう思いながらアルファルドの審判を待っていると、やがて彼の声が頭上から降ってきた。
「──二人とも頭を上げてくれ。壊してしまったものは仕方ないし、杖も大したものじゃないから問題ない。エステルも、少しくらいミラから目を離すこともあるだろう。そんなに責任を感じなくていい」
「アルファルド様……」
エステルが顔を上げ、アルファルドを見つめる。 きっと叱られると思っていたが、表情を見る限り、怒ってはいなさそうだ。 むしろ、若干困っているようにも見える。
(なんだかアルファルド様、最初の頃よりずいぶん優しくなった気がするわ)
ミラには初めから甘いところがあったが、今はエステルに対しても気遣いを感じる。
(──なんて、わたしが偉そうに言える立場じゃないけれど……)
ちらりとミラの様子をうかがうと、ミラもアルファルドから許してもらえて安心したようだった。
「アルファルド、本当にごめんね。許してくれてありがとう」
「そういうこともある。気にするな」
アルファルドの言葉に、ミラがほっとした顔で微笑む。
「じゃあ、僕はエステルの邪魔にならないように、遊び場でひとりで遊んでるね。そろそろお昼を作る時間でしょう?」
「あら、そういえばそうね。そろそろ支度を始めないと。お昼ごはんができたら呼ぶわね」
「うん!」
朗らかに返事をして、ミラは居間を出ていった。 エステルとアルファルドの間にしばしの沈黙が訪れるが、エステルがためらいながら口を開く。
つい先ほど謝罪をして許してもらったが、一応、ミラの保護者であるアルファルドにも詳しい経緯を説明しておいたほうがいいだろう。
「アルファルド様。杖のことなのですが……」
「なんだ?」
「実は最初、ミラは杖を壊してしまったことを隠そうとしたんです。結局は罪悪感を感じて、正直に話してくれましたけど……」
「……ミラが隠し事を?」
エステルの報告を聞いたアルファルドが、驚いたように目を見開く。 やはり、いつも素直で可愛いミラが隠し事をしようとするなど考えられなかったのだろう。
「はい。わたしもミラが隠し事をするなんてと少し驚いてしまいましたが、いくらお利口さんでも、まだ小さな子供ですものね。逆にこういうことがあってよかったのかもしれません。あ、もちろん、人の物を壊してしまったのはよくないことですが……」
「……いや、たしかにいいことだったと思う。たぶん、君のおかげだ」
「わたしの……?」
何が自分のおかげなのかはよく分からないが、アルファルドの眼差しがどこか穏やかに感じられて、エステルはドキッとした。
そんなエステルの反応には気づいていない様子で、アルファルドが続けて尋ねる。
「──エステル、君はなぜそんなにミラの世話を焼いて、優しくしてくれる? 今日のように良くないことをしてしまっても、なぜミラを庇って一緒に謝ったんだ? それが君の仕事だからか?」
(ミラに優しくする理由……?)
アルファルドと見つめ合ったまま、エステルが考える。
仕事だからなのかと言われれば、それは事実だけれど、一番の理由ではない。
ミラの世話を焼いているのは、何よりもまずミラが可愛くて仕方ないからだ。
ミラが優しくていい子だから、こちらも優しく甘やかしてあげたくなる。
少しくらい悪いことをしたって、わざとじゃないと分かっているから、責める気にもならない。
それが、素直な気持ちだ。
「……私がミラに優しくしているのは、とにかくミラが可愛くて愛おしいからです。それ以上の理由はありません」
きっぱりと自信を持って言い切ると、アルファルドはなぜか眉間に皺を寄せて難しそうな顔をした。
「あ……もしかして、甘やかしすぎでしたか? アルファルド様の教育方針と違ってるとか……?」
そういうことなら、少し方向転換しなければならないかもしれない。
エステルは焦って尋ねてみたが、アルファルドは「いや」と否定し、ためらいがちに答えた。
「そういうわけではない。ただ……」
「ただ?」
「……ただ、嬉しいと思って」
独り言みたいに小さな声だったが、その中にほんの少し、喜びが混じっているように感じられた。
(きっと、アルファルド様にとってミラは大切な存在なのね)
二人がどんな関係なのか、まだ何も聞いていないが、今度尋ねたら教えてくれるだろうか。
「わたしはどんなミラでも大好きですから、心配しないでください」
そう返事すると、アルファルドはふいっと顔を逸らしてしまった。
「……私もミラのところへ行ってくる」
「はい、そうしてください。食事ができたら呼びに行きますね」
エステルの返事にうなずいて、アルファルドが居間を出ていく。
──そうして、誰もいない廊下でひとり、溜め息をついた。
「……心臓がおかしい」
片手で顔を覆いながら、アルファルドが苦しそうに呟いた。
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