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「…………でしたら、拓人って男に連絡を入れて頂けたら、と思います」
「…………分かった」
優子の返事を聞き、嬉しいと思ったのか、廉の表情が、微かに綻んだように見えたのは、彼女の気のせいだろうか。
気のせいだと思いたい。
だけど、廉の優子に向ける眼差しが、胸の奥をチクリと刺すように痛みを感じるのは、なぜなんだろう?
「さて…………岡崎も、そろそろ戻らないとならないだろ?」
「ええ。そうですね」
廉の声で、二人はベッドから抜け出し、身支度を整えた。
「俺は今日、このまま宿泊する」
スーツの上着から、彼が厚みのある白い封筒を取り出した。
「これ。今日の報酬」
優子は、おずおずと中身を確認すると、帯の突いた一万円札の束が、丸ごと入っていた。
「……っ!」
札束なんて初めて見た彼女は、驚きのあまり、息を呑み込む。
「それから……」
封筒の中を見ていた優子が、上目遣いで廉を見つめる。
「拓人は、俺と岡崎が、かつての職場の上司と部下だった事、知らないんだよな?」
「ええ。知らないはずです」
「なら、俺と君の間柄は、伏せておきたい。いいだろうか?」
「分かりました。拓人って男には、内緒にしておきます」
優子は、報酬の入った封筒を、赤いミニボストンバッグに捩じ込んだ。
「今日は、素敵なひと時を…………ありがとうございました。それでは失礼します」
「…………ああ」
彼女は、かつての上司に、深々と会釈をした後、情事の残り香が漂う部屋を出ていった。
外に出ると、空が茜色に染まっている。
多くの人で賑わう新宿駅の改札に入り、中央線の下りホームへと急ぐ優子。
かつての上司に金で買われ、快楽に溺れた時間を過ごしたはずなのに、胸の奥がキュッと摘まれて、疼痛が引かない。
(ひとまず、戻らなきゃ……)
優子は、ホームに滑り込んできた電車に、慌てて乗り込んだ。