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#勧善懲悪
#勧善懲悪
朝の雨は、開演前の合図みたいに短くやんだ。
透羽市の空は薄く晴れ、雨上がり公園の遊具にはまだ細かな水滴が残っている。直し終えた舞台の板はやわらかく光り、看板の絵の中では歯車を抱えた人形が今にも動き出しそうだった。
サペは舞台の端にしゃがみ、からくり人形の顔をのぞき込む。
失われていた片目の場所へ、レッドタイガーアイが戻されている。
祖父の残した仕組みを、ンドレスと一緒に調整した。
小さくねじを回すと、人形の首がことりと動く。
「起きた」
後ろからエリアの声がした。
振り向くと、彼女は濡れた地面を気にせず舞台へ上がってくる。
雨上がりの匂いの中で、その足取りだけがやけにまっすぐだった。
「朝から呼び出して、何」
「……続き」
サペは立ち上がる。
「卒業式の日に言えなかった言葉の」
エリアは黙って待った。
待てる人になったのではなく、待った方がサペが逃げないと知っている顔だった。
サペは一度、空を見る。
昔ならそれでごまかしていた。
でも今日は、ごまかさない。
「君の絵に、何度も助けられた」
まずは、もう一度そこから言う。
「しんどい時、情けない時、言葉にできない時、先に道みたいな色が見えた。だから生き延びられた」
エリアの目が少しだけ揺れる。
「あと」
サペは喉を鳴らす。
「礼だけじゃ足りなかった。ずっと、ちゃんと好きだった」
言ったあとで耳まで熱くなる。
なのに不思議と、逃げたい感じはしなかった。
エリアは数秒だけ黙り、それから笑った。
泣きそうな顔で、でもちゃんと笑った。
「やっと言った」
「遅かった」
「うん。すごく遅い」
「ごめん」
「でも、今日なら聞く」
彼女はサペの手から人形を受け取り、光の方へ持ち上げる。
レッドタイガーアイが朝の陽を受け、やさしく赤く光った。
黒い名刺の色じゃない。
傷を抱えたままでも、ちゃんと前を向ける色だった。
舞台の下では、子どもたちの声がしている。キオノフが誰かに礼を言い、ピットマンが朝から全力で走り、ルドヴィナが大声で制止し、ローレリーズが何か甘いものを配っている。
町はうるさくて、不揃いで、面倒で、それでも昨日より少しやさしい。
サペはその景色ごと、胸いっぱいに吸い込んだ。
奪う側ではなく、守る側が勝つ。
しかも、ただ勝つだけじゃない。
その勝ち方ごと、人に愛される。
雨上がりの公園で始まった話は、雨上がりの朝にちゃんと続いていく。
エリアが人形を抱えたまま言う。
「ねえ、看板絵師の名刺、忘れないでよ」
サペは笑った。
「忘れない」
今度こそ、言えなかった言葉を置き去りにしないまま。
透羽市の朝は、静かに明るくなっていった。