翌日、瑠璃子はいつものように朝から仕事だった。
職員駐車場に車を停めて外に出た瑠璃子は目の前に落ちて来る白い物に気付いた。
「あ、雪!」
瑠璃子が空を見上げると花びらのようにはらはらと白い雪が舞い降りてきた。
北海道に移住して初めての雪だ。
瑠璃子は初雪が嬉しくて落ちてくる雪に手を伸ばしてなんとか掴もうとする。
しかしなかなか掴めないので瑠璃子は何度も何度も繰り返した。
笑顔で雪と戯れている瑠璃子の事を、優しい笑みを浮かべた大輔が4階から見下ろしていた。
そして昼休みになり瑠璃子は食堂で弁当を食べながら携帯に表示された地図と睨めっこをしていた。
地図は札幌市内の地図で瑠璃子の祖母の墓がある辺りだ。
瑠璃子は雪が降り積もらないうちに祖母の墓参りに行きたいと思っていた。しかし墓は札幌の繁華街を抜けた先にある。
空いた田舎道の運転にはだいぶ慣れていたが、大都会の街中を運転する自信は瑠璃子にはまだない。
それに札幌市内は一方通行の道も多く複雑に入り組んでいる。それも瑠璃子の決心を消極的にしていた。
そこへトレーを手にした大輔がやって来て瑠璃子の前に座った。最近二人は時間が合えば一緒に昼食を食べるようにしている。
大輔は携帯を覗き込むと瑠璃子に聞いた。
「札幌まで行くの?」
「はい。雪が積もらないうちに祖母のお墓参りに行こうと思っているのですが…」
瑠璃子は思わず口ごもる。
「思っているけど札幌市内の運転に自信がなくて行けない?」
大輔の言葉に瑠璃子がびっくりする。
「先生凄い! どうしてわかるんですか?」
「いや、君の顔を見ていたらすぐにわかるよ」
大輔が可笑しそうに笑う。そして瑠璃子にこう提案した。
「僕もちょうど札幌に行く用事があるんだけど良かったら一緒に行く?」
その魅力的な申し出に瑠璃子は一瞬目を輝かせたが、急に思い直して言った。
「あ、でもお墓参りにお付き合いさせるのはさすがに図々しいかと…」
「僕は全然構わないよ」
大輔はそう言って生姜焼きを美味しそうに食べる。
「え、でも……」
「その代わり僕の用事にも付き合ってもらうから」
「本当にいいんですか?」
「うん、もちろん」
「え、じゃあお言葉に甘えちゃおうかな?」
「いいよ。じゃあ都合のいい日程を後で携帯に送っておいて」
大輔は穏やかに言うと生姜焼き定食を食べ続けた。
昼休みを終えた瑠璃子は鼻歌を歌いながらナースステーションへ戻った。
憂鬱だった札幌市内の運転の問題が解決し気が楽になる。
乗せて行ってくれると言った大輔に対し瑠璃子は感謝の気持ちでいっぱいだった。
一方、大輔も昼食を終えて医局へ戻っていた。
今日は午後から外来の担当なので診察が始まる前に食後のコーヒーを飲んでいた。
するとデスクにいた長谷川がカレンダーを見ながら言った。
「大輔先生、クリスマスまでもう一ヶ月を切りましたよ。クリスマスデートっていうのはねぇ、印象に残る場所へ行った方がいいですよ。思い出に残るような…10年後に思い出しても懐かしく思い返せるような…そんな場所にね。まあいかに素敵な聖夜を過ごせるかは男の腕次第だよ。だからせいぜい張り切ってデートプランを立ててくれたまえ」
長谷川は納得したようにしみじみと頷くと大輔の肩をポンポンと叩いてから医局を後にした。
そんな長谷川の態度に大輔はポカンとしていたがすぐにその言葉の意味を考えた。
(10年後に懐かしく思い返せるような思い出に残るクリスマス…か……)
大輔は何かをじっと考えながらコーヒーをもう一口飲んだ。
その日仕事を終えた瑠璃子はどこにも寄らずまっすぐ家に帰った。
夕食は家にある物で簡単に済ませた。
食事を終えた時瑠璃子の携帯に着信があった。電話は東京の大学病院で同期だった看護師の涼子(りょうこ)からだった。
瑠璃子はすぐに電話に出た。
「あ、瑠璃子? 元気? もうそっちには慣れた?」
懐かしい声が響く。
「久しぶりー! うん、もうだいぶ慣れたよ。それよりどうしたの? 電話なんて珍しいじゃない?」
「ごめんごめん、実はさ、忘年会用に積み立てていたお金があったでしょう? あの返金を忘れていたから振込先の口座番号を教えてもらおうと思ってさー」
「ああ、あれ! 私もすっかり忘れてたよ。ちょっと待ってて」
瑠璃子はキャッシュカードを取り出してすぐに口座番号を伝える。
「ありがとう、明日振り込むね。ところでさぁ、すごい事件が起こったんだよ。実はそれを言いたくってさー」
「事件? 何かあったの?」
「ほら、中沢先生婚約してたでしょう? 相手が妊娠したからって急に! でもね、あれなくなったんだよ。びっくりでしょー?」
涼子は興奮して言う。
それを聞いた瑠璃子は言葉を失った。
「瑠璃子ったら聞いてる?」
「え? あ、うん…でも赤ちゃんがいるのに結婚を取りやめたの?」
「ううん違うの、赤ちゃんはいなかったんだって。妊娠自体が嘘だったみたい」
「え? 嘘?」
「だからぁ、若い看護師が中沢先生と結婚したくて嘘をついてたんだってー。凄いでしょう? 今の若い子って怖いよねー」
「…………」
その後瑠璃子は涼子と何を話したのかよく覚えていなかった。
とにかく涼子に怪しまれないよう適当に相槌を打って話を合わせた後電話を切った事だけは覚えている。
涼子は電話を切る前にもう一つ衝撃的な事実を瑠璃子に伝えた。
「そう言えばこの前中沢先生に瑠璃子は北海道のどの病院にいるのかって聞かれたので教えちゃったけど大丈夫だよね? なんかね、先生の同期が北海道にいっぱいいるからどこの病院か知りたかったみたい」
それを聞いた瑠璃子は絶句する。出来れば言わないで欲しかった。
しかし何も知らない涼子に罪はない。だから瑠璃子は問題ないと伝える。
涼子との電話を切った後瑠璃子は急に思い出した。岩見沢で働き始めてからすぐに中沢からの着信があった事を。
その電話に瑠璃子は出なかった。そしてそれ以降中沢からの電話はなかったので瑠璃子は今まですっかり忘れていた。
(私ったらすっかり忘れてたわ……)
自分でも驚く。
そんな大事な事を忘れていたのは、ここへ来てからずっと優しい人達に囲まれ充実した日々を送っているからかもしれない……瑠璃子はそんな風に思っていた。
コメント
15件
あ、そうそう妊娠が嘘でも、その看護師さんと体の関係があったのは事実でしょ? 復縁は無理ね😔
中沢先生、瑠璃子ちゃんとよりを戻すつもりだと思うけれど、あんな振り方をしておいてそれは虫がいいと言うものよ。 瑠璃子ちゃんはもう前を向いて生きているから邪魔をしないで欲しい。 瑠璃子ちゃん、大輔先生に相談してね。 長谷川先生は、2人の仲を陰ながら応援してくれているの嬉しいね🎵
雪捕まえる瑠璃子ちゃん可愛いぞーっ!!ꉂ🤣𐤔 オバチャンからも可愛く見えるから大輔先生なんて…もう…( ≖ᴗ≖)ニヤッ デエトになるかな?約束したし︎💕お参りの後、いいトコロにいきましょ(* 'ᵕ' )☆ 元カレダメンズは大輔先生が成敗してくれるよね?(๑•̀ㅂ•́)و✧