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第13話「夢クラッカー」/販売者:T(クラッカー)
九条ティル(くじょう・ティル)――通称T(ティー)。
17歳、細身で背は高い方。銀縁メガネに真っ黒なマッシュヘア。
フード付きの白パーカーをいつもかぶり、感情の読めない無表情で街を歩いている。
その正体は、《メイセキム。》の夢セキュリティを突破できる唯一の“クラッカー”。
明晰夢文化が社会に定着するにつれ、夢には「鍵」がつけられるようになった。
誰にも見られたくない夢。パスワードつきの夢。販売者がロックをかけた記憶。
Tは、それをこっそり覗くことができる技術を持っていた。
その日、彼に届いた依頼はこうだった。
「妹が残した“非公開夢”に入ってほしい」
「彼女は2ヶ月前に亡くなった。だけど、ログイン履歴が毎晩動いている」
「夢が、まだ誰かを待ってる気がするんだ」
夢のタイトルは伏せられていた。アクセスには「夢鍵(ドリームコード)」が必要。
Tは特殊な解析AIを使って、ログからコードを割り出す。
夢に入るため、彼は最新の“侵入用ヘッドデバイス”を装着する。
通常の明晰夢とは異なり、彼の方法は「他人の夢に干渉」するタイプ。
重たい処理音が耳元で鳴り、視界が乱れたあと、夢が起動した。
そこは、小さな絵本の世界のような空間だった。
空はやわらかく、水色とピンクが混じる夕方。
草の上に、ぬいぐるみのような家が並んでいる。
夢の主は、たぶん少女だった。
Tが歩いていくと、木の下に座っている女の子がいた。
ピンクのワンピースに、左足だけ赤い靴下。
髪は長く、顔は少しぼやけていた。
「……お兄ちゃん、まだ来ないの?」
その言葉に、Tの心臓が一瞬跳ねた。
「……誰かを待ってるのか?」
少女は立ち上がり、手を引こうとする。
「探して。夢の奥にある、あの子の部屋」
Tは夢の構造を“裏側”から観察し始める。
夢データには異常があった。
本来の記憶レイヤーに、別の人物の感情データが重ね書きされている。
「……この夢、俺が昔、売ったやつだ」
それは、T自身が子供のころ、強い孤独と一緒に作った夢だった。
誰にも見せないはずだった。売った記憶もなかった。
けれど、夢の中のログには確かにあった。
【販売者:T/販売日:4年前/ダウンロード数:1】
少女が言う。
「ねえ、知ってた? この夢は“誰かの孤独”でできてるんだって」
「だから……来てくれて、ありがとう」
Tは、夢の中でしゃがみこみ、少女にそっと聞いた。
「……君の名前、教えてくれる?」
少女はにっこり笑って、
「ティル」と答えた。
Tは言葉を失う。
目を覚ましたとき、Tの手の中にはメモが残されていた。
“きみに名前を返すね。”
彼は初めて、自分の名前の由来を知った。
それは、自分自身が作り出した夢の中の、もうひとりの自分だった。
《メイセキム。》注釈:
他人の明晰夢への無断侵入は《夢犯罪防止法》第14条により禁止されています
一部の夢は“販売者の無意識”によって自動生成・登録される場合があります
夢に自分自身の記憶が“匿名”で含まれることもあります。
記録は販売者ログから確認可能です
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