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『いやぁ……随分沢山作りましたねぇ、主人』

呆れ声とも悲しげとも取れる微妙な声で、ソフィアが言った。


「あぁ、今ある素材で作れる物は全て作ったからな」


ソフィアに淹れてもらった紅茶を飲みながら、焔は満足気に口元を緩ませている。『合成なんぞ面倒だ』と言っていたのはどの口だと、ソフィア達から言われても可笑しくない顔だ。


「もうすっかり、簡易拠点というよりは……本格的な住まいですね」


ログハウスの居間にあたる室内を見渡すリアンも、ちょっと何とも言えぬ微妙な顔をしている。この立ち位置を愛おしく感じ、まだまだ先へと進んでは欲しくない気持ちが強くなってきた身としては居を構えてゆっくり行動してくれるのは大変結構なのだが、それにしたってコレでは、流石に物が多過ぎな気がした。


木製のテーブルと椅子くらいしか無かった部屋に、今では植木鉢、タオル、集めてきた素材の残りなどの入った大小様々なチェストが多数に並んでいる。サイズは違えども同じ見た目の物が壁一面にずらりと並ぶ様子はインテリアにこだわったりなどは全くしておらず、ダイニングテーブルと植木鉢が適所に置かれていなければ『倉庫か』と思うであろう配置だ。

肌着、ローブ、ズボン、帽子に手袋といった類の物は二階のクローゼットに収められ、ベッドのシーツや枕カバーなども洗い替え分まである始末だ。


もう完全に此処を定住の住まいとして暮らす気満々といった物量になっている。


此処を出て、いざ魔王討伐の旅に出るとなれば、ほとんどの物は此処へ放置して行かねばならないだろう。


二人からクラフト作業を勧められ、渋々といった様子で始めた焔は、レシピが解放されており、尚且つ今ある素材で作れる全ての物を何時間もかけて作り続けた。普段は堪えているだけで、『鬼』故なのか元来の焔は物欲が強く、凝り性でもある。重い腰を上げて一度何かを始めてしまうと止まらないタチだったせいもあり、『このままでは手持ちの素材が全て無くなるのでは?』と思う勢いで彼は合成をしまくった。

この世界はそもそも、作れば作る程にクラフト系のスキルレベルが上がるタイプのシステムでは無い。 もしそういう創りの世界だったとしても、もう全てのクラフトレベルまでもが、主人を『単身で戦える者』にしたくなかったリアンの手によって最高値に割り振り済みなので無駄な合成をする必要はなかったのだが、それでも焔は止まらなかった。


あれば便利であろう物。

持っていても全く使わず、無駄にしかならぬ物。


もう『何でもいいからとにかく作れる物は全て作れ』と暴走する姿はリアン的には面白かったのだが、何時間もかけて森を彷徨い、素材が再ポップするタイミングを見計らってまでアイテムをコツコツと集めて来たソフィアにとっては、まさに『鬼の所業』だったに違いない。


「まだまだ先に進めないのなら、住処は快適な方がいいしな。後でちまちまと、また色々作るよりは楽だろ?」


合成作業で作ったばかりの鋏を焔が持ち、綿の布を細長くザクザクと切っていく。目隠しの在庫も欲しかったのだが、そんなレシピは当然無く、手作りする他無かったからだ。『鉢巻』でもあればそれで代用出来たのであろうが、少なくとも手持ちのレシピの中では近い物がなかったのが残念でならない。

物差しも無いのに器用に真っ直ぐ切り、細長くなった布を縦半分に折る。神通力を使って自分の手を温めると、彼はその手を畳んだ布の上に当ててアイロン代わりにしてみた。

こんなふうに自分の持ち前の能力を使うのは今回が初めてなのだが、リアンが前に風の魔法で髪の毛を乾かしていたのを見て『魔力を無駄にするな!』と思いつつも、『あぁ、そういう使い方もあるよな』と思い、今回それを応用してみたのだ。

「目隠しを作るんですか?」

「あぁ。不測の事態に備えてな」

事前に用意した針と糸を使って綺麗に端の処理をしていく。鋭く長い爪は短くなっているまではリアンもやれる事なので納得出来るのだが、目隠しをしたまま針仕事をしている姿はちょっと異様だ。『どうやらちゃんと見えているらしい』とはわかっていても、手元が心配になってくる。

「……こんな時くらいは、お外しになっては?」と言い、リアンが自分の目元をトントンと指先で叩いて『目隠しの事だよ』とアピールした。


「それは無理だ。コレは『封印』だからな」

「……まさか、厨二病的なアレですか?」


焔の言葉を聞き、リアンが咄嗟に思いついたのは『封印されし我が眼を見た者は~』的な黒歴史にしかならないであろう台詞だった。


「いや、本当にコレは『封印』なんだよ。今だと事故防止の為の物と言った方が近いかもな。他者の運命を変えてしまうから、俺は誰の姿も見てはいけないんだ。……極力、な。依頼で必要な時や、ムカついた時何かは、まぁ……うん」


言葉を濁し、止まった針仕事を焔が再開する。『 封印なのだ』と聞かされてしまうと『その作業は私がやりましょうか?』とはリアンもソフィアも言いづらくなってしまった。自分で作らねば封印の効力が無いとか、そういったものがあるのだろうか?など、言葉の意味を鵜呑みにしてはいなくても、つい色々と考えてしまう。

「では、視力が無いですとか、目元に怪我をしているとかではないのですね?」

「あぁ、俺の眼は至って健康だ」

「ならよかったです」と笑顔で答えたが『他者の運命を変えてしまう』とは何なんだろうか?とリアンは気になった。


美形過ぎて顔を隠さねばならなかった中国の英雄的なモノか?

それともオペラ座の怪人の様に醜い顔を隠したいのか。


考えたって真実はわからないのだが、訊いても焔が答えてくれるとも思えない。『ソフィアならば何か知っているだろうか?』と思い視線をやったが、リアンの疑問を察した彼は、首を横に振るみたいに洋書の体を軽く動かしたのだった。



「よし、出来たな」

針をテーブルの上に置き、鋏で余分な糸を切り落とす。 仕上がった品は丁寧に畳み、帯の内側にある隠しポケットの様な部分に仕舞い込む。これできっと万が一があっても大丈夫……だと思いたい。

リアン達の予測とは違い、所詮は不意に目蓋を開けてしまわない様にする為だけの物だ。布には何の術もかけられてはいない。なので今度もまた予備の必要を感じた時は、思ったよりも作業が面倒だったので、リアンに素材を渡してパッパと作らせようと焔は勝手に決めた。


『お疲れ様です、主人。お茶のおかわりを淹れておきましたので、どうぞ』

「お疲れ様です。よかったら茶菓子もいかがですか?」


小皿にのった草餅と温かいお茶をスッと差し出され、焔の顔が綻んだ。

『いいのか?俺はこんなに優遇されて』と、つい思ってしまう。昼まで寝ていたリアン程ではないにしても、明るいうちは散々だらだらと座って過ごし、率先して色々やってくれるソフィアに丸投げしていたので今更な感想だった。

「コレはどうした……あぁ、村で買ってきた物か?」

「いいえ。素材があったので、『調理台』でレシピ通りに合成しただけです」

『「餅米」などの素材自体は昨日仕入れた物があったので。和菓子の材料なんかあるのか!と店で見た時は驚いたのですが、健康にいいとかで、最近流行っているらしいですよ』

「東方の一族は最近勢力を伸ばしていますからね。あの地域は魔族の本拠地からも遠いので発展しやすいですし、国力増強の為にも貿易に力を入れているのでしょう」

「じゃあそのうち着物の素材やレシピなんかも流れてくるかもな」

「ありえるでしょうけど、高そうですね……」


「じゃあ稼ぐしかないな。買わないと言う選択肢は無いだろ」

『ですね!主人っ』


和装好きな二人が同調して発言する。 城に居た時とは違う、『仲間』の気易い感じが嬉しくって、リアンは端正な顔を喜びに崩しながらテーブルに突っ伏してしまった。

「そういえば、髪をちゃんと切り揃えたんだな」

突っ伏したリアンの後ろ髪まで腕を伸ばし、焔が指先で彼のうなじの辺りにそっと触れる。素人仕事にしてはきちんと髪型を考えて整えてあるので、もしかしたらソフィアが仕上げをしたのかもしれない。

「『不恰好なままでは可哀想だ』と、主人が針仕事の間にソフィアさんが仕上げてくれたのです。お二人とも器用ですね。私はスキルで巨大な物を造りあげる事は得意ですが、手作業で何かをする事に関してはあまり上手く出来ないので」

優しく触れられているせいで、ちょっとくすぐったい。 焔の方から触ってくれた事が嬉しくって動けず、突っ伏したまま喋ったせいで声がくぐもってしまった。

「……。『切ったらどうだ』と言ったのは俺だが、だからって、即従う必要なんかなかったんだぞ?嫌なら嫌と、今度はちゃんと言え」

邪魔そうだと思ったのは確かだが、昨夜のお湯の中で広がった長い黒髪の妖艶さを思い出し、少し惜しい気持ちがわいてくる。


美しいモノは何であろうが心惹かれる。

好きか否かは別として、手には入れたくなるものだ。


だがしばらくはそれが叶わないのだと思うと、あの軽率な発言を焔は悔やんだ。

「自分で手入れせねばならぬのなら、あんなに伸ばしておくのも手間でしかないので、これで良いのですよ。まぁ、どうせすぐに伸びますしね」


(……そうか、やっぱり普段は貴族暮らしなのだな)


焔の中で『推測』が『確信』に変わる。益々もって無遠慮に予告も無く、しかも呼び出し不可能な条件下のはずなのに、強制的に召喚してしまった事を申し訳なく思った。


(何かしらの理由があって、オウガがコイツと俺を引き合わせたのだろうなぁ、きっと)


この世界の創造主ならば、二周目だなんだといった召喚条件なんぞ簡単に操作出来るだろう。そうせねばならなかった理由は皆目検討もつかないが、『出逢い』に関しては無駄な事などしないはずだ。


オウガノミコト彼奴は、『神』なのだしな)


——と、狐の様な白い七本の尻尾をゆらゆらと揺らすオウガノミコトの後ろ姿を思い出しながら、焔は思った。


「まぁ、すぐに伸びるのなら気に病む必要はないか」

サラッとしたリアンの毛先を少し持ちあげ、焔がパッと離す。 たったそれだけの行為だったのに、リアンの背筋がゾクゾクッと震え、頬や耳が赤く染まった。


まるで、放課後の誰も居なくなった教室の片隅でうたた寝をしていたら、片恋の相手が不意にやって来て、何の気無しに触れてきてくれたみたいだなとリアンが想像してしまう。

妄想の中の焔は真っ黒い学ラン姿で、目元は長い前髪で隠れていて全く見えない。そんな彼がリアンの前の席に座っていて、手遊びをするみたいに髪を弄っている。様子を伺いながら遊ぶ姿はちょっと猫っぽくって、想像するだけでも可愛いなぁとリアンの口元が緩んだ。


「髪は長い方がお好みでしたか?」

「まぁ、長い方が綺麗ではあったな。だけどお前はどっちでも似合うだろ、容姿が美しいからな」

大きな角を避け、リアンの頭をよしよしと撫でる。 焔的には大型犬を可愛がっている気分だったのだが、不意に指先が額や角に触れる感触がリアンには心地よくて堪らない。最大値まで好感度が上がっているせいもあってか否応無しに気持ちが昂り、リアンの心臓がドキドキと跳ねてしまう。直球で褒められたとあっては尚更だった。

「あ、ありがとうございます」

「どういたしまして、と言うべきなのか?……感謝の言葉なんか直接言われる機会なんぞそうそうないからな、どういう反応をするべきか迷うな」


ははっと短く笑い、焔がくしゃっと少し乱暴にリアンの髪を撫でた。

『お茶が冷めてしまいますよ、主人』

「あぁ、そうだったな。じゃあ頂くか」と焔がリアンの頭から手を離す。頭から心地いい体温が消え、彼は寂しさを感じた。


(……もっと触っていて欲しかったなぁ)


突っ伏した顔をあげぬまま、リアンが目蓋をぎゅっと瞑る。もっと撫でろと強請るには心が大人過ぎて言い辛い。


(今は我慢だ、また機会があるはずだ)


そう諦め気味になっていると、「半分食べないか?」と言って、ちぎった草餅を焔がリアンに差しだしてきた。

顔をあげ、じっと草餅を見詰める。キーラ達ならば『魔王様が全てお食べ下さい』と差し出してくるのだろうが、リアン的にはこの半分の草餅の方がずっとずっと嬉しく思えた。


「いいのですか?」

「お前が作ったのなら、味だって知りたいんじゃないか?それに、一人で食べるよりも、せっかくなんだから誰かと食べた方が楽しいだろ?」


額からは角が生え、口元には八重歯が覗いているのに、焔の発言が優しい。

「そうですね。では、ありがたく頂きます」

体を起こし、半分になった草餅を受け取る。 早速頬張った餡子の味が、遠い日に食べた記憶よりも甘く感じられた。


また一枚。ソフィアの中でこのワンシーンが『イベントスチル』として表示されていく。甘い甘い夜のおやつタイムは、恋愛イベントとして成立していたみたいだ。

いつか殺し合う君と紡ぐ恋物語

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