コーヒーを飲み終えると2人は店を出た。
歩きながら、俊はふと思い出したように言った。
「そういえば言うのをすっかり忘れていましたが、やっと本格的に引っ越して来ました。これで晴れて鎌倉市民になりましたの今後ともよろしく」
「そうでしたか! お引越しお疲れ様でした。ようこそ鎌倉へ」
雪子は微笑んで言った。
二人は来る時に通った道をそのまま戻って行った。
雪子の家の前へ着くと、雪子は門を開けて俊を招き入れた。
玄関へ入ると右手に階段があった。そして左手には父の書斎の入口がある。
雪子がスリッパを用意すると、俊は「お邪魔します」と言って家の中へ入った。
リビングダイニングに通された俊は、室内を見回す。
庭へ続く窓の傍にはソファーセットが置かれ、前にはテレビが置いてあった。
右手にはダイニングスペースがありキッチンカウンターの傍に四人掛けのテーブルセットがあった。
ダイニングスペースの窓辺にはリビングボードがあり、上には雪子が集めた可愛らしい雑貨が綺麗に飾られていた。
ダイニングチェアにはパッチワークで出来たシートクッションが敷かれ、テーブルには小花柄のテーブルクロスがかけられている。
白い壁には、ドライフラワーで作ったリースやスワッグがいくつも飾られている。
パッチワークもドライフラワーのリースも、全て雪子の手作りだった。
築年数はかなり古い家だったが、家の中には温かみが溢れていた。
その温かい雰囲気のインテリアにどこか見覚えのあった俊は、急に思い出す。
それは先日行った自由が丘の信一の店だった。
壁に飾ってあるドライフラワーのリースもあちこちに置かれている雑貨類も、テイストはあの店の物と雰囲気がとても良く似ている。
きっと雪子と真知子の好みが一緒なのだろう。
カウンターの向こうにちらりと見えるキッチンも、きちんと整理されとても使いやすそうだ。
キッチンにも可愛らしい雑貨やキッチングッズが飾られていた。
俊はソファーに座る前に窓から外を眺めた。
庭は広くはないが芝生が植えられ、塀に沿った部分には落葉樹が植えられている。
その足元には遅咲きのコスモスが咲いていた。
塀の向こう側が切り通しの雑木林になっているので、部屋から見える景色は木々と草木だけだ。
秋のこの季節は紅葉が見事だった。
「この景色を生かさない手はないね」
「そうなんです。うちの唯一良い所はその景色なんです」
雪子はお茶を淹れて俊に持って来た後、リビングボードの扉を開けてアルバムを何冊か取り出して持って来た。
「これが、父が鉱物採集に行った時のアルバムです」
アルバムは全部で5冊あった。
「ありがとう。じゃあ見せていただこうかな」
俊はお茶を一口飲んだ後、早速アルバムを手に取った。
雪子の父は、日本全国を歩き回り様々な鉱物採集に行っていたようだ。
その中には、俊が気になっていた北海道や新潟、福島などの写真もあった。
俊は無言で夢中で見ている。
しばらくしてから俊が雪子に聞いた。
「お父様は、群馬と奈良には何度も行っているみたいだね。写真もいっぱいあるし。お気に入りの場所だったのかな?」
「はい。群馬と奈良ではガーネットが採れるらしいんです。私の誕生石がガーネットだからどうしても見つけたかったみたいで頻繁に通っていました」
雪子はそう言うと、ダイニングボードのガラス扉を開けて何かを持って来た。
「父が見つけたガーネットがこれです。これは私が中学生の時だったかな? やっと見つかったと言って嬉しそうでしたね」
俊はその石を見せてもらった。
プラスチックケースの中には、茶褐色の無骨な石が入っている。
石の横には、
『灰鉄ざくろ石 andradite Ca3Fe3+2(SiO4)3』
と記されている。その下には石が採れた地名が書かれていた。
茶褐色の石の隙間には赤い結晶がいくつも見える。それがガーネットだ。
結晶のサイズはかなり大きかった。
国産のガーネットでここまで大きい結晶を見た事がなかったので、俊は密かに感動していた。
「凄いな。立派なざくろ石ですよ。誕生石がガーネットという事は1月生まれ?」
「はい。え? 一ノ瀬さんって誕生石にも詳しいのですか?」
「ハハッ、一応石好きなのでね。誕生日は1月の何日?」
「11日です。1・1・1のぞろ目です」
雪子はそう言って笑った。
「それは覚えやすいな」
俊も思わず微笑む。
それから雪子は俊を父の書斎へ連れて行った。
家具も何もない空っぽの部屋を見た俊は、
「凄いね、これ、一人で片付けたんだ」
「はい、凄く大変でした。かなりの量の本や物で埋め尽くされていましたから」
雪子はそう言うと、部屋の隅に積んである箱の所まで俊を案内する。
「これが父が採ってきた鉱物です。自由に出したり触ったりしていただいて構いませんので」
「ありがとう」
俊はそう言った後雪子に聞いた。
「お父様のお仏壇は?」
「隣の和室にあります」
雪子はそう言って書斎と和室の間の仕切りを開けると、和室の片隅に仏壇が置かれていた。
仏壇には優しそうに微笑む雪子の両親の写真が飾られている。
「ちょっと失礼します」
俊はスリッパを脱いで和室に入ると、仏壇の前に正座する。
雪子が慌ててろうそくに火を灯すと、俊は線香をあげて丁寧にお参りをしてくれた。
雪子はそんな俊の心遣いが嬉しかった。
「私は向こうにいますので、ごゆっくり」
雪子は俊を書斎に残したままリビングへ戻った。
コメント
3件
俊さん、律儀で常識的で節度のある方だから仕事でもたくさん方々からの人望があるんですね✨✨やっぱり若かりし頃の遊び人説は自分からというより女性からの必死なアプローチに応えてただけ⁉️ですよね😅
俊さんの、雪子さんへの誠実かつ純粋な気持ちと お父様へのリスペクトの気持ちが表れていますね....素敵です✨
俊さんはただの遊び人コーディネーターではないと確信した1ページです😅(俊さんゴメンナサイ🙏) 礼節わきまえた行動をしているから人望もあり、老若男女問わず慕わられて、だから内側から魅力的な人なんだろうなって✨