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この状況を打破する為に御者席に向かっていたグレンシスは、御者と入れ替わってしまった反逆者の姿を視界に納める。


2人いた。一人は馬を御することに専念し、もう一人はその護衛のようだ。剣を向け、近づこうとするグレンシスをけん制している。


けれどグレンシスは、お構いなしに剣を振り上げ、馬車と馬を繋ぐハーネスの部分を切り落とした。御者に刃を向けなかったのは、最後の良心だ。


ただ、これで終わりではない。王女が乗る馬車の馬は、王宮で用意した選りすぐりの脚の強い馬で、ハーネスを切断した馬はどこかに走り去ってしまった。


幸いにも馬車は、二頭立て。一頭になってしまった馬車でも、速度は落ちても止まることはない。


(こうなったら御者を引きずり降ろして、自分が馬車を御するしかない)


素早く判断を下したグレンシスは、馬車に飛び移ろうとしたが、思わぬ方向から刃が飛んできた。


咄嗟に避けたが、剣を構えた瞬間、再び刃が飛んでくる。


今度はちゃんと剣筋を読めていたので、的確に自分の剣で受けとめる。キンッと、拮抗した刃の音が弾き、激しくぶつかり合う。


そんな中、御者に徹している反逆者は、目的地に向かい一心不乱に馬を御している。


「……ちっ、往生際の悪いっ」


つい舌打ちするグレンシスだが剣を持つ手は動き続けている。


御者を護衛している者は、かなりの手練れだ。これだけのスピードで移動しながらも、まるでしっかりと地に足がついたような動きで、的確にグレンシスの急所を狙ってくる。しかも飛び道具まで使うときたものだ。厄介なこと、この上ない。


グレンシスもかなりの剣の使い手だが、反逆者達の息の根を止めずに仕留めるのは、かなり面倒である。


これでは真っ向から対峙しても、無駄に時間を要してしまうだけだ。


おそらく反逆者達は、対抗するよりも逃げることに重きを置いている。この先に、残りの反逆者達が待ち構えているのかもしれない。


そう読んだグレンシスは、すぐに思考を切り替える。今は、反逆者を捕らえることが優先ではない。馬車に居る二人の身の安全が何より大事だ。


グレンシスは、速度を少し緩め、馬車の扉の前に移動した。


***


一方、へばりつくように窓から外の様子を伺っていてたティアは、再びグレンシスが窓に映り、ほっとする。


ついさっき、馬車がものすごく揺れた。前方──御者席で何かがあったのかもしれない。


こんな状況だと、悪いことしか考えられないティアは、グレンシスの身に何かあったのかと縁起でもないことを考えてしまったのだ。


焦るティアに、アジェーリアは心配するなと声をかけたが、ティアの耳には全く届いていなかった。


奈落の底へ突き落されるかのような激しい恐怖を感じていた。


「騎士様……!」


再び、グレンシスを視界に納めることができて、ティアは感情が高ぶり、思わず声を上げる。


その声が届いたのか、グレンシスはティアに視線を向け、すぐに扉を開けようと手を伸ばす。馬上しながら、それをするのは至難の業だ。


ガチャガチャと音がするだけで、何かが邪魔をして片手で開けることに難儀しているのが、ティアの目にしっかりと映る。


アシストのつもりでティアも内側から開けようとするが、やっぱり扉は何かに引っかかって開くことができなかった。


状況は一刻も争う緊急事態で、グレンシスは気の長い性格ではない。


「離れていろっ」


唇だけを動かしたグレンシスは、ティアとアジェーリアに訴えると、長い足を鐙から外し、勢いよく扉に向かって蹴り上げようとした。


咄嗟にティアは、アジェーリアの身体を抱き込んだ。


あの勢いでは、馬車の扉を粉砕しかねない。移し身の術を使うことに抵抗はないけれど、アジェーリアに痛い思いをさせたくはない。


───ガシンッ!!


耳をつんざく破壊音と共に、夜露をはらんだ風が車内に入り込む。


グレンシスの蹴り方が上手かったのか、それとも蝶番が優秀だったのかはわからないけれど、扉はなんとか馬車にくっついてくれている。今にも外れてしまいそうだけれど。


舞い上がった髪を押さえながらティアが、扉の方に視線を向ければ、グレンシスが馬で並走していた。


見る限り、騎士はグレンシス一人しかいない。


背後からは、剣と剣がぶつかり合う音が未だに続いている。


「早くっ」


こちらにこいと、グレンシスは手を伸ばしている。


焦燥とした様子を見るに、きっとこの馬車に反逆者がまだいるのだろう。もしかして、その先にも。


そんな中、グレンシスが自分とアジェーリア、二人を抱えて軍勢をつっ切るのは難しい。


「アジェーリアさま、ご無礼をお許しください」


ティアは未だ着席しているアジェーリアの腕を引っ張り、強引に立ち上がらせると、身体を反転させその背後に回る。そしてアジェーリアの背を渾身の力で突き飛ばした。


反対にアジェーリアは、ティアのことを自前の護身術でひっくり返る、どんくさい小娘だと侮っていたのだろう。


あっさりと馬車の外に放りだされ、グレンシスの腕の中に収納された。


それを見届けたティアは、グレンシスに向かって声を張り上げる。


「騎士様さま、ちょっと邪魔だから離れていてください」

「あ゛ぁ!?」


当然のようにティアをも受け止めようとしていたグレンシスは、唸り声をあげた。


身の毛がよだつそれを聞いたティアは、無視を決め込み、前方だけに意識を向ける。


そうすれば、すぐにティアが求めているもの───いい感じに育った木の枝が視界に入った。


ティアは、戸惑うことなく馬車から身を投げ出し枝を両手で掴むと、勢いよく枝から飛び降りた。


ティアは引きこもりだけれど、決して運動音痴ではない。


長年マダムローズの伝令係をしているおかげで、迷路のようなメゾン・プレザンを、誰よりも素早く移動できる特技だってある。窓から窓。窓から屋根といった感じで。


そんな身軽なティアなら、軽業師のように馬車から木の枝に飛び移り、そのまま着地するのなど容易なことだった。


……ピンヒールさえ、履いていなければ。

エリート騎士は、移し身の乙女を甘やかしたい

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