テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
370
308
61
40,435
子どもたちは、ぽかんと口を開けたまま、
サイラスを見つめていた。
焚火の火が、ぱちりと鳴る。
シャーウッドの森の夜風が、
木々をざわりと揺らした。
最初に口を開いたのはロビンだった。
「ぎ……義賊くう~?」
「そう、義賊」
サイラスは当然のように頷く。
「これからノッテンガム卿に賄賂を送ってる商家とか」
「阿漕な取り立てをしてる役人とか」
「そういう連中を襲う」
「で、奪った金は貧しい人たちに配る」
「簡単だろ?」
「ぜんっぜん簡単じゃねえよ!」
ロビンは思わず叫んだ。
「だいたい、どうやっていいやつと悪いやつを見分けるんだよ!」
「そこはこのユンナに調べてもらう」
サイラスは、横にいた少女へ視線を向ける。
ユンナは小さく胸を張った。
「町の人たちの噂を集めるのは得意です」
「市場のおばさんたち、いっぱいお話してくれますから」
「……なるほど」
マリアンが感心したように呟く。
「話はこっからだ」
サイラスは地面に枝で地図を描き始めた。
森。
街道。
川。
そしてノッテンガムの城。
「そっちはユンナとロビン、マリアンでやってもらう」
「で、軍師様は?」
ユンナが尋ねると、
サイラスはにやりと笑った。
「そりゃもちろん――」
枝の先が、森を大きく囲む。
「このシャーウッドを要塞化する」
子どもたちは一斉に目を丸くした。
「ようさいか?」
「悪いやつが攻めてきても大丈夫な森を作るんだよ」
サイラスの目が、
焚火の光を映して細く光る。
「落とし穴」
「見張り台」
「偽の道」
「弓兵用の隠れ場所」
「敵が入ってきた瞬間」
「森そのものが敵になる」
その口調は、まるで新しい遊びを語る少年のようだった。
「義賊が暴れれば、否が応でも」
「ノッテンガム卿はロビンを捕まえにここへ来る」
サイラスは枝をくるりと回す。
「だから――」
地図の上で、
城へ向かう線を、森が飲み込んだ。
「私が撃退する」
静寂。
子どもたちは顔を見合わせた。
やがてロビンが、
恐る恐る口を開く。
「……それって」
「王様の軍隊と戦うってことか?」
「うん」
サイラスはあっさり答えた。
「無理だろおおおお!」
悲鳴のような声が森に響く。
だがその中で、
マリアンだけはサイラスをじっと見ていた。
焚火の向こう。
片腕の軍師は、
本気だった。
まるで、
大人たちの世界を相手に、
痛快ないたずらを仕掛けようとしている子どものように。
その三日後――
最初の商家が襲われた。
ノッテンガムでも街一番の豪商、
ガレス商会。
穀物を買い占め、
飢えた農民へ高値で売りつけていると噂される店だった。
夜明け前、
黒布で顔を隠した集団が倉庫へ現れ、
積み上げられていた銀貨と食料を奪っていったのである。
ノッテンガムの役人たちは色めき立った。
「賊だ!」
「ついに出たぞ!」
だが――
数日もしないうちに、
町では奇妙な噂が広がり始める。
市場の片隅。
パン屋の前。
井戸端。
人々は恐れるどころか、
どこか楽しげに声をひそめ合っていた。
「聞いたかい?」
「義賊様が銀貨を置いていったんだってさ」
「ガレス商会の連中は去年の飢饉で散々儲けたからな」
「それに誰も怪我してないらしい」
「盗みはすれど非道はせず、か」
「義賊様様だねえ」
笑い声が起こる。
その頃――
シャーウッドの森では。
「大成功だな!」
ロビンが興奮した顔で飛び跳ねていた。
「見たか!? あの金持ちの顔!」
「倉庫番、腰抜かしてたよ!」
みんな大騒ぎである。
だが、
サイラスだけは地面に描いた地図を見ながら、
静かに口元を緩めていた。
「……よし」
「まずまずだな」
「なあ軍師様」
「なんだい」
「俺たち……本当に盗賊になっちまったんだな」
サイラスは笑う。
「後悔してる?」
ロビンは少し考えた。
倉庫で見た豪商の顔。
町で見た貧しい子どもたちの顔。
そして今日、パンを抱えて笑っていた老婆。
「……わかんねえ」
「でも悪いことした気はしない」
サイラスは頷いた。
「ならいいんじゃない?」
「え?」
「少なくとも今日の晩ご飯は誰かのお腹に入る」
「それで十分だよ」
ロビンは少し黙った。
「なあ軍師様」
「ん?」
「もし捕まったらどうなる?」
「たぶん絞首台かな」
「たぶんって何だよ!」
サイラスは笑った。
「だから捕まらないように頑張ろう」
「次はノッテンガム卿が動くよ」
その目は、
すでに次の一手を見据えている。
「怒った権力者ほど、動きが読みやすいものはないからね」
「ばっかもーん!!」
怒声が、
ノッテンガム城の執務室を震わせた。
卿は顔を真っ赤にしながら、
配下の役人たちへ唾を飛ばしている。
「今日、ガレスのやつから嫌味を言われたぞ!」
机を叩く。
羽ペン立てが跳ね、
書類が床へ散らばった。
「まったく、頼み事をするときは!」
「もみ手で!猫なで声で!すり寄ってくるくせに!」
「なにか起きればこちらの不手際だと」
「鬼の首でも取ったように言いおってぇ!!」
役人たちは縮こまり、
誰一人顔を上げられない。
「それもこれも、お前たちのせいだ!」
「は、はっ……!」
「こんなことをするのは!」
「あの森の連中だろう!」
ノッテンガム卿は、
苛立たしげに指を鳴らした。
「なんと言ったか……」
「ロビン、です」
「そうだ!」
「ロビンフッドだ!」
「さっさと行け!」
「さっさと捕まえてくるのだ!」
怒鳴り声に、
役人たちは転がるように部屋を飛び出していった。
静寂。
ノッテンガム卿は荒い息を吐きながら、
椅子へどさりと腰を落とした。
汗をぬぐい、
ようやく机へ目を向ける。
そこには、
赤い封蝋で閉じられた一通の手紙が置かれていた。
王家の紋章。
エレノア王妃からである。
ぶつぶつ言いながら封を切る。
そして読み進めた瞬間――
ノッテンガム卿の顔色が変わった。
「……まったく、こんな時になんてことだ」
エスカリオ王宮――
カルド王は、
机に積み上がった報告書へ目を通していた。
窓の外では春の日差しが差し込んでいる。
だが部屋の空気は重い。
「……サイラスの足取りは、まだ見つからんのか」
向かいに立つコピットが、
静かに頭を下げた。
「はい、いまだ」
「ふむ」
カルドは一枚の書類を手に取る。
「で、この襲われた商家だが……」
指先で、とんと書類を叩く。
「例の“あれ”か」
「この前の報告書にあった……」
「はい」
コピットは声を落とした。
「まだ内偵中ですが、ノッテンガム卿への多大な献金の疑いが」
「やはりか」
カルドは椅子へ深く背を預け、
疲れたように天井を見上げた。
「新税は必要だった」
「だが法律を都合よく使う連中は必ず現れる」
その言葉に、
コピットは返答できなかった。
新税を理由に、
役人は余分な徴収を行い、
商人は賄賂で見逃される。
制度そのものより、
それを扱う人間の問題だった。
「……失礼します」
コピットは困ったように一礼し、
静かに部屋を後にした。
入れ替わるように、
扉が開く。
優雅な足音。
「あなた」
「はい?」
カルドが顔を上げる。
そこに立っていたのは、
エレノア王妃だった。
豪奢なドレスを纏い、
いつものように涼しい微笑みを浮かべている。
だがカルドは知っている。
その笑顔の奥で、
彼女が常に何かを考えていることを。
「例の弓の大会の件ですが」
「……?」
「もうお忘れに?」
エレノアは少し呆れたように肩をすくめた。
「私主催で、国中の弓自慢を集める大会を開きたいという話です」
「ああ、あれか」
カルドは頷く。
「それで?」
「会場は決めましたわ」
「どこだ?」
「ノッテンガム城です」
カルドは固まった。
「……は?」
エレノアは扇の向こうで微笑む。
「きっと面白いことになりますわ」
カルドは頭を抱えた。
嫌な予感しかしない。
エレノアは扇を口元へ当て、
くすりと笑った。
「なぜ、そこで……」
「秘密ですわ」
「いや秘密って……」
王妃はそれ以上語らない。
ただ意味ありげに微笑むだけだった。
カルドはその顔を見つめながら、
内心でため息をつく。
(相変わらず油断ならんな……我が妻よ)
窓の外では、
春風が王宮の旗を揺らしている。
(どこまで知っておるのだ……)
その頃。
シャーウッドの森では、
まだ誰も知らなかった。
王妃の弓大会が、
ロビンフッドの名を国中へ広めることになると。
コメント
1件
ああ、第2話、読ませていただきました。サイラスの「義賊」構想が動き出して、一気に面白くなってきましたね。ロビンたちが「無理だろおおお!」って叫ぶところ、笑っちゃいました。でもその一方で、焚火の光に照らされたサイラスの本気の目つき——あの描写がすごく好きです。「大人たちの世界を相手に、痛快ないたずらを仕掛けようとしている子どものように」っていう一文が特に心に残りました。それと、エレノア王妃がノッテンガムを会場に選んだ“秘密”が気になって仕方ないです…🤍