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昼休み。教室のざわめきの中で、蓮司がふと立ち上がった。
向かった先は、窓際に座る日下部の机。
その光景を、遥は廊下の向こうから見ていた。
「久しぶり。最近あんま話してなかったな」
蓮司の声は柔らかかった。
あの冷たさを知っている遥にとって、その柔らかさがいちばん不気味だった。
日下部は少し驚いたように顔を上げた。
「……ああ、別に。忙しかっただけ」
「そっか。俺、ちょっと話したいことあるんだ。いい?」
何を話すのか。
遥は、立ち止まるしかなかった。
日下部の隣に腰を下ろす蓮司の背中が、ゆっくりと傾く。
顔を近づけて、何かを囁く。
日下部の表情が、一瞬だけ曇った。
──それだけで、遥には十分だった。
蓮司が“何をしているのか”を、知っている。
あの男は言葉で殴る。
直接は汚さない。
けれど、確実に「崩す」。
昼休みが終わり、蓮司が席に戻ったあと、
日下部は何も言わなかった。
ただ、遥を一度だけ見た。
その視線の意味が、遥にはわからなかった。
でも、どこかで知っていた。
──また始まる。
放課後、廊下ですれ違ったとき、
蓮司はわざと小さく呟いた。
「なあ、あいつさ。お前のこと、結構話してたよ」
その声は、耳のすぐ横で止まった。
呼吸の距離で、逃げられない。
遥が顔を上げると、蓮司は微笑んでいた。
「日下部、いい奴だよな。お前よりずっと」
足がすくむ。
その一言で、すべてが壊れていくのを感じた。
蓮司は、殴らない。
代わりに“他人”を使って、静かに侵してくる。
──そのやり方を、一番よく知っているのは、自分だった。