コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
そっか、じゃあ、スーパーからずいぶん走らせてしまったんだ。
申し訳ないな。
でも、その人はもう息が整ってる。
さすが若い、いくつくらいだろう?
『ごめんね。わざわざ走ってきてくれて…本当にありがとう。すごく嬉しい』
『良かったです。追いついて』
ニコニコ良く笑う青年だな。
何だか私まで幸せな気持ちになる。
『あの……スーパーにたまに来られますよね? 僕も大学忙しいんであんまりバイト入れてないんですけど、もし、また僕のこと見かけたら絶対声かけて下さい』
絶対って……
こんなイケメンにそんなこと言われたら、少し照れる。
『あ、ありがとう。私はそこの『杏』っていうパン屋で働いてるの。今度、イチゴのお礼にパンをご馳走するから寄ってみて』
私、何言ってるんだろ?
初めて話した人に自分の素性を明かすなんて。
『あのパン屋で? そうだったんですね。ぜひ行かせてもらいます! 嬉しいです』
『あ、うん、待ってるね。本当にありがとう』
『必ず行きます。あ、僕は渡辺 希良(わたなべ きら)、ついでに年齢は20歳、175cmの大学生です。 じゃあ、また!』
笑顔で自己紹介をして、颯爽と去っていった。
すごく明るい子だな。
希良……君か……
見た目とバッチリ合った、めちゃくちゃかっこいい名前。
親御さんのセンスがうかがえる。
私も、自分の名前は気に入ってるんだけど、25歳になった今は何だかちょっと恥ずかしい。
美山 雫(みやま しずく)。
みんなすごく「可愛い名前」だって言ってくれるけど……
自分に自信のない私には、もったいないくらいの名前。
158cmで見た目は普通の女性。
……だと自分では思ってる。
ブラウンのロングヘアで毛先に軽くパーマをあてて、パン屋の店員という仕事柄いつもひとつに束ねてる。
こっぴどくフラレた過去のトラウマから、なかなか自分に自信を持てなくて。
恋愛には上手く1歩前に踏み出せないでいる。
幸せそうな周りの友達や知り合いの人を見てると、すごく素敵だと思うし、決して恋愛をしたくないわけじゃない。
結婚するとか、子どもを持つとか、そういうことにも、一応、興味は持ってるし。
でも最近は、もう何だかよくわからなくなってきて、こういう自分を面倒に感じることが多くなってきた。
「あなたも結婚適齢期なんだから。いつまでもフラフラしてないで、いいかげん、ちゃんと考えなさい!」って、離れて暮らす両親には怒られそうだ。
私はクロワッサンをほおばりながら、軽くため息をついた。
だけど、そのあとすぐにまた顔がニヤケた。
希良君っていう大学生の青年が拾ってくれたイチゴ。
そのイチゴで作ったこのツヤツヤのジャムがものすごく美味しかったから……
だから、可愛い笑顔で笑う君に、また会えたら嬉しいなって……ちょっと期待してしまう自分がいた。
「もうこんな時間。そろそろ支度しなきゃ」
私は、パン屋の仕事が大好きだ。
毎日美味しいパンの良い匂いに囲まれて働けることがすごく幸せ。
子どもの頃から、ご飯よりもパンが大好きだった私にぴったりの仕事だと心から思ってる。
将来、自分のお店を持ちたい気持ちも少しはあるけど、正直あまり欲はない。
今は……
このくらいの感じが丁度自分に合ってると思ってるから。
私は、洗濯を済ませて、簡単な片付け、髪、メイク、着替え、全てを完了してマンションを出た。
店までは徒歩で10分くらい。
すごく近くて便利だ。
毎朝、自転車か歩きで向かってる。
知った人とすれ違えば挨拶して、可愛いわんちゃんに会えば声をかけて……
爽やかな春の風が私を通り過ぎ、道沿いに植えられた可憐な花に癒される。
さあ、今日も1日が始まる。
私は、自分自身に気合いを入れた。