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「聞いた事あります?夫の欲求が凄すぎて、離婚したって夫婦の話。——あ、ネットで見ただけで私も詳しくは知らないんですけどね。何でも、毎晩とかってレベルじゃなくって、仕事の昼休みには家に帰って来るし、朝も起き抜けや出勤前に迫ってきて。計一日八回とかのエッチが毎日だったんですって。それで、身体がもたないからって回数を減らしてくれって言ったら夫ともめて、結局離婚したらしいですよ」
新人の歓迎会。『火の屋』という飲み屋に、手が空いていた奴等で集まっている中。そんな話を始めたのは今日の主賓である女性だった。
内容が内容なのに、そんな話題を女性がし始めた事に引いたのは俺だけだったようで、「そりゃすげぇ絶倫だなぁ!」と盛り上がる奴ばかりだ。男の多い職場なので野郎共が集まれば下ネタになるのは当然なのだが、今日は流石に『セクハラですよ!』と言われるだろうから気を遣えと伝令があったのだが…… まさか彼女の方からそういう話題を出すとは。
昼間は真面目で捜査一筋といった雰囲気の新人だっただけに、酒が入った時のこのギャップには正直驚いた。
「日向先輩も気を付けた方がいいですよ? 先輩凄そうですから!」
隅の方でしらけながら酒を飲んでいた俺に向かい、彼女が無遠慮に指をさす。
「——お、俺か!?」
いきなり話を振られ、驚いて少し酒を噴出しそうになりながら反応すると、そんな俺に向かい周囲の奴等が「んな訳ないだろぉ、コイツの淡白さは皆知ってる事だって!」と笑いながら言った。
「えー、そんな事無いと思いますよ!?デカの勘がそう言ってます!」
目の据わった状態で、新人が俺を凝視してくる。完全に、犯罪者を見た時の様な疑いの眼差しだ。
「いやいや!日向は淡白なタイプだね。あんまり放置してっと、奥さんが浮気すっぞー?」
「いやいやいや!! 身体を求め過ぎて、奥さんに引かれるタイプですよ!でしょ!?日向さんっ」
どちらも何を根拠にそう言っているのかは分からないが、俺は「ははは…… 」と空笑いをする事しか出来なかった。
もともと俺は、多人数での飲み会の雰囲気は得意な方じゃない。親しい友人や妻となどの少人数で飲む方が性に合っている。今日は女性が率先して下ネタを話しているからか、堅い性分なせいか、いつも以上に会話に加わる気になれずにひたすら飲み続けていると、彼女が最初にした話題が自分の中で頭をもたげてきた。
(…… やっぱりヤリ過ぎるのは嫌われるのかなぁ。そう言えば、最近はちょっと回数が多かったかもしれない)
一度コトを始めると暴走が止まらないタイプなので出来る限り休日前だけにしておきたい所なのだが、小さくて可愛い妻を前にすると、奥底から込上げてくる衝動を抑える事が出来なくなってきている。触れるたび、俺の動き全てに反応を返してくれる妻が、本当に可愛くてしょうがない。睡眠薬を飲ませて唯を勝手に抱いていた時期以上の強い禁断症状を感じてしまい、料理中のキッチン、私室、風呂場——
どういう流れでそうなったのかは覚えていないが、この間はとうとう自宅のトイレでまでコトにおよび、ベランダ以外の場所を全て制覇してしまった。
自宅なのだから気兼ねなく好きにしていいと自分に言い聞かせているはいるが、唯もその考えに賛同してくれているのかが今更気になってきた。
(抵抗された事はないが、流れで俺に付き合ってくれているだけなのじゃないだろうか?)
——と。
唯の気持ちが伴わない夫婦の営みは、妻の負担でしかないだろう。
もっと間を空けた方がいいのか?
それとも一度の回数を減らすとか?
このままだと、昔俺から去って行った彼女達のように、唯も『付き合いきれない』と消えて行くんじゃないだろうか。
(そうなったら俺は…… )
ビールを口に運ぶ度に色々な事が頭に浮かぶ。酔っているせいもあってか、思考が坂道でも転がり落ちるかの様に悪い方へ進んでしまう。それでも、『唯に触れない』という選択肢だけは出てこない自分の性欲の深さに、飲み会の場だとい事をすっかり忘れ、俺は苦笑してしまった。
「…… 思い出し笑いですか?——やっぱり日向さんって!!」
歓迎会の主賓がいつの間にか俺の側まで来ていたらしく、こっちに向かい、また指をさしてきた。
「今のは思い出し笑いじゃない!」
(飲み会の席とはいえ、無礼講にも程があるだろっ!)
俺が、怒鳴るようにそう叫びそうになった、その時だ——
「そう言えばさ、ここに来てる面々って日向の奥さんを見た事あったっけか」
同僚の桐生が突然そんな事を言い出し、周囲の視線を一斉に集めた。俺に向かい指をさしてきた新人も、桐生の方にすぐさま顔を向ける。
「見た事ないです!美人ですか!? 何歳ですか?どんな人です!?」
興味津々に、彼女は目を輝かせた。
「意外な人物だぞー」
指を立て、酒で赤くなった顔を少し皆の方へと近づけ、それぞれの顔をわざとらしく観て回る。最後にこっちの方を見た時、桐生は少し真面目な表情で俺に目配せをし、『今はやめとけって』と無言の訴えをしてきたのが自分にはすぐに分かった。
「…… っ」
俺はぐっと喉まで出かけていた言葉を呑み込むと、口元を軽く手で覆い、場の雰囲気を滅茶苦茶にせずに済んだ事を心の中で感謝した。