「そういや結婚式挙げてないんだっけ?お前んとこ。それとも…… 俺だけ呼ばれてないとか、ねぇよな?」
隣に座っていた奴が、俺の肩に腕を回しながら訊いてきた。
「あ?あぁ、まぁそのうちにはとは思ってるが、知っての通り、時間がな」
(そういや、それっぽい事は二人きりでもう済ませたからか、特には考えていなかったな)
「そっかそっか、ならいいんだが。でも俺も気になるなーお前の女房!桐生しか知らねぇんだろ? ズルイよなぁアイツだけ」
「別にずるい訳じゃないぞ。だって、出逢いはアイツの方が先に…… 」と、事情を少し話そうとした時だ。
「——中ジョッキお持ちいたしましたぁ!」
今度は聞き慣れた愛らしい声と、宴会用の個室の襖が開く音が俺の言葉を遮った。
「中ジョッキ注文のお客様ー?」
両手に四杯分のジョッキを持ち、営業用スマイルで唯が座敷に上がる。
唯が俺の妻だという事を全く知らない同僚が、空いたグラスを床に置きながら、「あ、これ下げてくれる?」と言って唯からビールを受け取った。
「んなっ…… 何で唯が、今日ここに!?」
(今日は、此処でのアルバイトは休みのはずだったのに何故?)
驚きと疑問でいっぱいになっている俺に向かい、同僚の桐生が手を挙げた。
「はいはーい!今日は俺が呼んじぃましらよ!!」
すっかり酔っ払って、ろれつの回らぬ声で桐生が叫んだ。
少しでも情欲を捨てねばと考えている最中に、少し大きそうな仕事着に身を包んでいる唯なんかを前にしたら、速攻で考えが揺らいでしまいそうになる。
「アホか!唯は今日休みだったんだぞ?わざわざ呼ぶ必要なんて!」
俺は大人気ない声を桐生に向かいあげてしまった。
「…… え?もしかして、この店員さんが日向さんの奥さんですか!?」
新人が驚き、唯を指差す。
「可愛いだろう?『唯ちゃん』ってんだ」
俺の妻の紹介を、何故か桐生が自慢げな表情で言った。
「日向さんって、ロリコンだったんですね!これは新事実ですよっ。どう見ても二十歳前ですよね。って事は——逮捕レベルですってコレは!!」
唯に向かい、新人が大きな声をあげた。
相手は夫の職場の人間であり、唯は今店員としてこの席にいるからか、唯は何も言う事無く微笑んでいる。が、自分の身長や容姿の幼さを、トラウマを抱えかねない程気にしている唯が今、内心不快な状態である事は明らかだった。
「えー、でも可愛いかもぉ。日向さんの奥さんとしては、かなり意外ですけど」
唯の心情を読み取る事無く、新人の巡査が楽しそうに話し続けている。
(飲み会の席とはいえ、どこまで無礼な女なんだ、コイツは!)
酒のせいで怒りの沸点が低くなってきているみたいで、新人の一言一言にイライラする。妻の事を言われているからか、普段よりも余計に。
『コイツにはそろそろ教育的指導が必要な様だ』と考えた俺は、目が据わった状態になりながらその場でスクッと立ち上がった。
「んじゃ、そろそろお二人はご帰宅でー!!」
俺が何かを言う間も無く、桐生が俺と新人との間に割り込んで来た。
「もういつでも帰れるんだろ?」と、俺よりも先に桐生が唯に訊いた。
「あ、はい。店が忙しそうだったので運ぶ手伝いをしていただけだから、いつでも大丈夫です」
「ごめんなー、どうしても会いたくって。唯ちゃん結婚してから、ますます可愛くなっちゃったから。大人の色気っていうの?そんなんが滲み出てきてるっていうかさぁ」
「やだもう!桐生さんったらまたそんな。冗談が上手いんですから」
桐生の方が先に唯と面識があったので親しく話すのは納得しているし、いつもなら気にもならないのだが、別のイライラが原因で普段のやり取りにすら少し苛立ちを感じる。
「さてと、んじゃ日向がマジギレする前に、唯ちゃんにお返ししないとね」
そんな俺の心情も、見抜いているとでも言いたげな笑みの桐生が浮かべる。
(俺に対しての察しの良さを、もっと捜査に役立ててくれ!頼むから!!)
——と心で叫びながら、俺達は、事情聴取でも始めかねない新人から唯をかばい、飲み会の席を後にした。
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