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セカイ王国・王城会議室。重厚な扉が静かに閉じられ、張り詰めていた空気がわずかに緩む。
長い会議を終えた騎士たちは、それぞれ持ち場へと散っていった。
回廊を歩く者、城壁へ向かう者、武具の最終点検に向かう者――
それぞれが“来るべき時”を理解していた。
城の中庭。
朝の光が差し込む中、剣が風を切る音だけが響いている。
今井文也は、無言で剣を振っていた。
一振り、一振りに迷いはなく、ただ正確で重い。
「……相変わらず真面目だね」
背後からかけられた声に、文也は剣を止める。
振り返ると、そこには同期の騎士――中島由貴が立っていた。
軽く肩をすくめながらも、その表情はどこか引き締まっている。
「そろそろ出る時間だよ」
その一言で、文也の表情が変わった。
彼は剣を納め、深く息を吐く。
「ああ……わかってる」
周囲に集まっていた騎士たちに向け、文也は低く、しかしはっきりと声を張った。
「各小隊、配置につけ。
正門側は廣瀬と佐藤、外周警戒は野口と楠木。
中島は俺と一緒に前線に出る」
迷いのない指示。
それは“騎士団のリーダー”としての重みだった。
「今回の相手は、悪の王国の先遣部隊だ。
油断するな。だが――必ず帰ってこい」
その言葉に、騎士たちは静かに頷く。
誰一人、声を上げる者はいなかった。
⸻
同じ頃。
玉座の間では、女王・本泉莉奈が窓の外を見つめていた。
その背後に、秘書である土岐隼一が一歩近づき、そっと耳打ちする。
「……騎士団、出陣準備完了です。
悪の王国側も、すでに動いている模様」
女王は小さく目を閉じ、そして静かに頷いた。
「そう……ありがとう」
視線を戻した先には、城門へ向かう騎士たちの姿がある。
剣を持つ者。
守ると誓った者。
そして、まだ知らぬ運命へ踏み出す者たち。
女王は胸元で手を重ね、心の中で祈った。
――どうか、無事に。
こうして、
セカイ王国の騎士たちは静かに城を後にする。
それが、
長く、避けられぬ争奪戦の始まりだとも知らずに。
城門が閉じ、騎士団の足音が遠ざかっていく。
王城には、戦いに向かう者を見送ったあとの、静かすぎる時間が流れていた。
そのとき――
「きゃあああっ!?」
空気を裂くような悲鳴が、王城中庭に響いた。
次の瞬間、
ドボン!
という大きな水音とともに、噴水の水が高く跳ね上がる。
見張りの兵士たちが一斉に振り向く。
「な、何だ!?」
「今、空から……!?」
水面から顔を出したのは、見慣れぬ少女だった。
息も整わぬまま、必死に噴水の縁につかまり、肩で呼吸をしている。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
その様子を見て、近くを巡回していた騎士がすぐに駆け寄った。
野口瑠璃子だった。
「大丈夫!? 立てる?」
そう言って手を差し伸べると、少女は一瞬戸惑いながらも、その手を掴む。
噴水から引き上げられた少女は、全身ずぶ濡れだった。
服は水を吸って重く、髪からは雫がぽたぽたと落ちている。
「はぁ……ありがとうございます……」
か細い声でそう言い、深く頭を下げる。
野口はしゃがみ込み、目線を合わせるようにして問いかけた。
「君……名前は?
それに、どうして空から落ちてきたの?」
少女は一瞬、言葉に詰まったように視線を泳がせ、
やがて震える声で答える。
「……Machico、です。
気づいたら、空にいて……ここに……」
明らかに、この世界の住人ではない反応だった。
そこへ、様子を聞きつけた中島由貴が駆け寄ってくる。
「何かあったの?」
噴水の惨状と、濡れ鼠状態のMachicoを見て、思わず目を丸くした。
「……これは、また派手だね」
中島はすぐに状況を察し、Machicoに優しく声をかける。
「ここじゃ冷えるよ。
中に案内するね」
そう言って、羽織を差し出す。
「ありがとうございます……」
Machicoは何度も頭を下げながら、それを受け取った。
中島は見張り番の兵士に向き直り、落ち着いた声で告げる。
「こちらで保護する。
女王陛下には、私から報告するから」
「はっ!」
兵士が敬礼するのを確認し、中島はMachicoを城内へと促した。
野口はその背中を見つめながら、胸の奥に小さな違和感を覚えていた。
――この子が、ただの迷い人であるはずがない。
噴水の水面は、すでに元の静けさを取り戻している。
だがこの瞬間、確かに世界は“ズレた”。
現実世界から落ちてきた一人の少女。
Machicoの存在が、
セカイ王国の運命を大きく揺らすことになるとも知らずに――。
城内の回廊は、外とは別世界のように静かだった。
高い天井、柔らかな光、足音だけが規則正しく響く。
中島由貴は、Machicoの歩幅に合わせてゆっくりと進んでいた。
「……びしょ濡れのままでごめんね。
あとで着替えも用意するから」
「いえ……大丈夫です」
Machicoはそう答えたものの、表情にはまだ戸惑いと不安が残っている。
見慣れない城、見慣れない服装の人々。
そして――自分が“現実世界”に戻れていないという事実。
その少し後ろを、野口瑠璃子が静かに歩いていた。
視線はMachicoから離れない。
「……緊張してる?」
突然そう声をかけられ、Machicoは驚いたように顔を上げる。
「はい……正直、すごく。
ここがどこなのかも、まだ……」
野口は小さく微笑んだ。
「大丈夫。
ここは、無闇に人を傷つける場所じゃない」
その言葉に、Machicoの肩から少しだけ力が抜けた。
やがて、重厚な扉の前に辿り着く。
玉座の間――女王のいる場所だ。
見張りの兵士が中島を見て頷き、扉が静かに開かれる。
⸻
玉座の間には、女王・本泉莉奈が一人、立っていた。
その姿は凛としていながらも、どこか柔らかい。
Machicoは思わず息を呑む。
中島が一歩前に出て、膝をつく。
「女王陛下。
噴水に落下してきた者を保護しました。
名は、Machicoと申します」
野口も続いて膝をつく。
「怪我はありませんが、明らかにこの世界の者ではありません」
女王は二人に「顔を上げて」と手を上げ、
そしてMachicoに視線を向けた。
「……あなたが、Machicoさんですね」
その声は穏やかで、威圧感はなかった。
「怖がらせてしまったなら、ごめんなさい。
まずは、ここまでよく来てくれました」
Machicoは慌てて頭を下げる。
「い、いえ……!
あの……助けていただいて、ありがとうございます……」
女王は一瞬、驚いたように目を瞬かせ、
そして微笑んだ。
「礼を言うのはこちらです。
あなたは、突然この世界に放り込まれたのでしょう?」
Machicoはゆっくりと頷く。
「はい……
空に落ちて、気づいたら……ここに……」
女王はその言葉を否定せず、静かに受け止めた。
「……やはり」
その一言に、場の空気がわずかに引き締まる。
「Machicoさん。
あなたは“異世界から来た存在”です。
そして今、この世界は争いの渦中にあります」
Machicoの胸が、どくんと鳴った。
「ですが――」
女王は一歩、玉座から降りる。
「私は、あなたを“客人”として迎えます。
少なくとも、あなたの意思を無視することはしません」
その言葉に、中島と野口が小さく息を吐いた。
Machicoは、女王の目を見つめながら、震える声で答える。
「……ありがとうございます。
まだ、何もわからないですけど……
ここで、できることがあるなら……」
女王は、はっきりと頷いた。
「ええ。
あなたがここに来た理由は、きっとあります」
その瞬間――
遠くで、鐘の音が鳴り響いた。
争奪戦はすでに始まっている。
そして、Machicoという存在が、
静かに――だが確実に、運命の中心へと引き寄せられていく。