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放課後の教室は、窓から赤い陽が差し込んでいた。蓮司は、教卓の前で何気なく雑談を始める。
「さーて……日下部くんは、結局どっち側なんだろうね」
それは、誰に向けた言葉でもない。
でも、誰の耳にも届くような声で。
「“あいつ”と距離詰めたと思ったら、すぐ突き放すしさぁ。なんか、俺……かわいそうになってくるんだよね」
誰かが笑う。
「ていうか、結局いちばん傷つけてんのって、日下部じゃね?」
「確かに。“優しいフリ”してるくせに、見てるだけなんだもん」
「え、えっちじゃん……こっそり見て、何も言わないとか……」
くだらない笑いが混じる。
けれどその空気は──確実に、変わっていく。
やがて、日下部が教室に戻ってきたときには、もうその空気はできあがっていた。
「なあ、日下部って、やっぱ遥とヤッたの?」
「ていうか、どっちが抱いたの?」
「まじで、“お似合い”じゃん」
日下部は何も言わない。
ただ黙って立っていた。
けれど──誰かが、机を蹴った。
ガタンと音がして、教室が静かになる。
「おい、なんか言えよ。男らしいんだろ?」
「それとも、あれか? 見てるのが好きな“性癖”?」
笑い声。
背後から、背中を押される。
本気の力ではない。
けれど、否応なく「その場に組み込まれた」ことだけは伝わってきた。
日下部は、ただ一点を見つめていた。
遥の後ろ姿──その首筋に、夕陽の反射が微かに滲んでいた。
(……見てるだけじゃ、だめだ)
そう思った。
でも──それでも、今は動けなかった。
自分が何をすればいいのか、どうすれば“正しさ”にたどり着けるのか、まだ見えなかった。
遥は、日下部の方を一度も見なかった。
その沈黙が、日下部の胸を刺す。
(また──守れなかった)
けれど、遥は違うことを思っていた。
(また、俺が傷つけた)
誰も言っていないのに。
誰も責めていないのに。
そう感じてしまう“癖”が、遥の中には深く根づいていた。
放課後、昇降口。
蓮司が、ポケットに手を入れながら言った。
「やっぱ……“二人とも”使えるわ」
その声に、誰かが聞き返す。
「え、どゆこと?」
「いや、どっちもさ……壊しやすいってだけ。おもしろくなりそうじゃん」
飄々とした笑み。
その奥で──遥と日下部、それぞれの“役割”が、すでに塗り替えられつつあった。