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もうほんとに、主さんの表現とかお話の構成には圧倒されちゃいます… 続き楽しみに待ってます✨
Side 慎太郎
地震から数日経ったとき、新聞社の同僚から「電報が無料で打てるらしい」という話を聞いた。
「本当に?」
「ああ。申込用紙はなんでもできるとか。俺も帰りに局に行くよ」
それはいい機会だ、と俺は睦石荘に帰って早々北斗さんに報告する。
「今から一緒に行きましょうよ」
「それは便利ですね。なら、早速」
余震がきたときに捻った足はもうほとんど治り、歩けるようになっていた。
2人で家を出て、最寄りの電信局まで向かう。入り口の前には長蛇の列ができていた。
「さすがにこれほどの地震ですし、慎太郎さんのご両親も心配なさっていると思いますよ」
列の最後尾に並んだとき、北斗さんが静かに言った。
「そうですかね…。そうだといいですけれど」
一応、家族に電報は打つつもりだった。だけど帰る予定はない。
「北斗さんのご実家は、静岡なんでしょう? 帰省するのですか」
ええ、と彼はうなずく。「落ち着いたら、一度戻ろうかと思います。色々と報告したいこともありますし」
やがて順番が来て、2人とも自分の無事を知らせる旨の文を送った。とにもかくにもほっとする。
睦石荘に戻ったところ、千代子さんは玄関や台所の物を片付けていた。
「手を貸しましょうか」
「あら、ありがとうございます」
「……時計、割れてしまいましたね…」
北斗さんが小さくつぶやく。その視線の先には、硝子の割れた振り子時計。これも倒れてしまっていた。
「いいんですよ。元々古かったですから。もう…修理はできないかと思いますが」
そう言う千代子さんにも、悲哀の表情が浮かんでいる。
「新しいものを買いましょうか。きっと、最新のすごく正確な時計が出ているはずです」
「賃料を上げるのは勘弁してくださいよ?」
俺が半ば冗談で言うと、2人が明るい笑声を上げた。
「どうしましょう」
「よしてほしいな、苦学生なんだから」
混沌とした世の中だけど、彼女のおかげで心の明るさを保てていた。
そうして部屋に入り、棚の整理に取り掛かる。それほど物はなかったから、大方片付いてはいる。
北斗さんは本好きだから、本棚を元に戻すのが大変だろう。
俺は葵の間に向かった。壁をノックしてから襖を開けると、まさに大量の本を整頓しているところだった。
「あれ、慎太郎さん」
「手伝いますよ。きっと大変でしょう」
「それは嬉しい。ちょうど辟易していたんですよ。ほとんど落ちてしまったので」
腰をかがめ、分厚い書籍を仕舞っていく。さっぱり俺にはわからない、難しいものばかりだ。
「10月中には国鉄が復旧しそうだというので、その頃に静岡に帰ろうかと思います」
ふいに彼が告げた。
「そうですか」
俺も、となぜか声が出ていた。「帰ろうかな」
北斗さんが虚を突かれたように顔を向ける。
「正月すら行っていないから…。そろそろ、顔を見せたほうがいいかもしれない」
「良かった」
なぜか北斗さんはそんな返事をする。「それがいいと思いますよ」
そのとき、開けた窓から陽光が差し込んできて、畳を温かく照らす。
その先を見つめる彼の目は、遠い郷里を偲んでいるようだった。
続く