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怜が厳しい表情を浮かべた事に、奏は意外に感じていた。
と同時に、彼の表情を見た時、園田真理子との別れは、実は怜にとって辛く苦しいものだったのか? とも。
怜は今も沈黙を貫いたままだ。
とんでもない事を聞いてしまった、と申し訳なく思った奏は、慌てて怜に謝る。
「ご、ごめんなさい。嫌な事を聞いてしまいました……」
「いや、いいんだ。俺が君に、まだ何か言いたい事があるんだろう、って聞いて、奏は正直に俺に言ったまでなんだから」
怜は大きくため息を吐いた後、前髪を掻き上げる。
憂いを滲ませた声音で、奏から少し視線を外しながら答えた。
「彼女の事も…………抱いた……」
(やっぱり。でも、恋人同士だったら、身体の繋がりはあってもおかしくはないよね……)
奏は、納得しつつポツリと『そうですか……』と答え、ぎこちなく笑みを見せる。
だが、その笑みが、どことなく寂しそうに見えた怜は、しっかりとした口調で奏に伝えた。
「奏。変な考えは起こすな。彼女とはもう、かなり昔に終わった事だ。今の俺は、奏が一番大切な女だ」
真っ直ぐに眼差しを向け、低い声音で真剣に言葉をくれる怜に、奏はゆっくりと肯首すると、彼は腕を伸ばして彼女を強く抱きしめた。
「ごめんなさい。恋人だったのなら、そういう関係になっていてもおかしくないですよね」
そうだ。
怜は奏の過去の事を鑑みて、彼女が彼に抱かれたいと思った時に抱くと言ってくれたのだ。
でも、もしも奏に元カレの中野との一件がなかったら……?
怜は奏の事を何も考えずに、と言ったら語弊があるが、我慢などせずに彼女を抱いて愛を与えてくれたのだろうか?
一途、と言われる怜の事だから、奏の事を大切なものを扱うように、丁寧に抱いたかもしれない。
そう考えると奏は、園田真理子も含め、怜の過去の恋人たちが羨ましくも感じた。
心の中が悶々として、胸の奥が苦しくなってしまう。
奏は、この気持ちをうまく言えず、怜の胸に顔を強く埋め、首を数回横に振った。
***
奏がこのマンションに来てから、甘えるような仕草を見せる事に、怜は気付いた。
それは、奏が怜の胸に顔を埋め、首を横に振る事だ。
鼻を擦り寄せるかのように拙く首を横に振る様子は、母犬に甘える子犬にも見える。
自分の気持ちをうまく伝えられない時や、キスしたい時、怜に甘えたい時に、こういう仕草を見せるような気がした。
今の奏は、恐らくこの三つの気持ちが、複雑に縺れ合っている状況なのだろう。
怜の筋肉質の胸板に、奏は心なしか顔を強く押し当てているような気がする。
彼女は、あの一件から心の鎧を纏い続け、異性に甘える事を知らずに生きてきた。
だが、怜は奏の唇から意思を聞きたいと思い、敢えて口にする。
「奏? どうした? 言ってくれないと分からないぞ?」
怜の言葉に、奏はおずおずと見上げると、彼は凪いでいるような表情で彼女を見下ろしている。
「奏? 言ってごらん?」
奏は恥ずかしさを抑え込むように、唇を引き結ぶと、徐に唇を緩める。
艶やかな唇が微かに震え、彼女は消え入りそうな声で怜に囁くように言った。
「怜さんと…………キス……したい……で……す……」
奏を見下ろしている怜の眼差しが真剣なものに変化して、奏に絡みつく。
繊麗な背中に腕を通し、怜は奏を強い力で抱き起こした。
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