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ロイさんが私の部屋に居座る事がちょくちょくある様になってしばらく経った。そんな日々の中でふと気になる事があるのだが……訊くか、訊かざるか。だらだらとお茶を飲んでいるだけという時間の中で悩みに悩み、私はとうとう我慢しきれずに訊く事にした。
「あの、ロイさんって今までにどのくらいの人とお付き合いしてきたんですか?百?二百?まさか、流石に千は超えてませんよね?」
「んんー?なんかもうさ、桁からして可笑しな質問だね?」
人は意表を突かれた瞬間には本音が出やすいというが、彼の場合はさっぱりだ。『え?』って顔ではありつつも、ただそれだけ。表情という名の『仮面』の扱いが上手いだけある。
「お金持ちの跡取り息子で、当人も経営者で、独身で顔も良いとなれば、どうせ毎晩取っ替え引っ替えって感じなんでしょう?」
「先入観と思い込みがエグいね!しかもサラッと本音が滲み出てるとか。また好感度があがっちゃうなぁ」
彼の戯言はさらりと流し、「……否定しなってことは、事実なんですねぇ」とこぼして「はぁ」とため息を溢す。この顔だ、どうせそうだろうとは思っていたけど、それでもちょっとムカついたのは何でなんだろうか。私達だってどうせ体だけの関係なのに……。
「あのねぇ、芙弓」と呆れ声で言いロイさんが私の背後に回る。『何をする気だ!』と反射的に警戒すると、彼はそっと私の体に腕を回してぎゅっと優しく抱きついてきた。
「僕が好きな子、だーれだ?」
「雪乃です」
「正解!」
なんてくだらない寸劇だ。それを言わされ、聞かされる度に私の心が疲弊していくっていい加減知って欲しい。
「この世に雪乃以上の女性がいるはずがないよね?なら、僕が誰かとお付き合いとか、一夜限りとか、そもそも出来ると思うのかい?」
彼の言い分が『あ、確かに無理だな』ってストンと腑に落ちる。彼の実妹である『雪乃』が好き過ぎて他の有象無象なんか目にも入らないと言われると納得しか出来なかった。私だってこの『手』がなきゃ、顔と体だけでは絶対に対象外なのだし。
「でもまぁ、確かに昔は女性に声を掛けられる事もあったね」
『でしょうよ』と嫌味ったらしい声色で言いたくなったのを耐えた。なのに「さぞおモテになったんでしょうね」と違う台詞は吐いてしまったんだから全然意味がないな。
「二十代の頃だったかな。当時高名だったモデルの子がほろ酔い状態でしなだれかかってきたんだけど、『え、キモッ』って真顔で言って以降は、僕をATMにしたいって子すら全然来なくなったね」
「……モデル相手に、ですか?プライドめっちゃ傷つけたんじゃ?」
「そりゃもう、ね。でも僕を直接攻撃は出来ない。それでも『シスコンだ』って叩こうとしたっぽいけどそんなのは周知の事実で無駄。お次は雪乃を狙ったらしいけど、あの子が直接手掛けている仕事は超ハイクォリティなコスプレ衣装の注文受注だろう?コアなファンが支えている仕事じゃ評判を落とすのも無駄に終わったみたい。んでも、あの子の名前を借りて両親が出してる洋服ブランドへの手出しも『モデル』なんて仕事じゃぁ何にも出来やしないよね。そのせいで行き場のない怒りでストレスを溜めに溜めて結局、自滅したらしいよ」
めっちゃ笑顔で語られて引いてしまう。何か私が苦言を言ったとしたって、『でも、コレって自業自得でしょ?』と言われそうなので『冷たい』とは言わないでおく。
「それ以降はもう、仕事関連の話しか持ちかけられなくなったよ。別に僕からは一切何もしていないのに、不思議だね!」
「……まぁ、自爆も嫌でしょうし、親も愛娘の心をバキバキに折られたくも無いでしょうから、見合いさせたさにですら近づけさせないでしょうよ」
「となるとだ、僕自身を欲しいと思ってくれる子はいないって事だ。マウント合戦の駒とか、ATMにしたかった子しか僕の周囲にはいなかったって考えると、ちょっと悲しいよね」
「いやいや、その見た目ですよ?内心では激重ガチ恋勢とか絶対に沢山居ますって。パーティーとか誘われたりしません?誕生日とかどうせ盛大にやるんでしょう?」
雪乃の老化後に付け入る隙を窺っている若い子とかが絶対にいると思う。まぁ、あの子はどんなに歳を重ねても、ロイさんの愛情が変化する事なんかありえないだろうけど。
「いいや、僕らからは新しい発表がある時くらいしかそういったものを開いたりはしないね」
「誕生日とかではやっているでしょう?人脈を広げる良い機会でもあるでしょうし」
「どうして僕らが媚を売らないといけないんだい?僕らと繋がりたいのは、向こうだろう?」
「……(うわっ)」
持たざる者からじゃ絶対に出ない発言だ。こんなのがどうしてウチに何度も来るんだろう?って不思議でならない。
「それに祝い事はいつも家族や友人達と集まって終わりだよ。芙弓だって、雪乃から毎年招待されてはいただろう?」
「まぁ、はい。……絶対に親戚や政界人とかを呼んでの盛大なもんだろって思って全て不参加で返信しましたけどね」
やれ『巨大なケーキから父親がドンッと飛び出して来た』だの『島を貸し切ってお祝いした』だのとその時の感想を言われて、『んじゃ次は行こう』だなんてコミュ障引き篭もりが言えると思うか?答えはもちろん『否』である。
(しっかし、あの感想が家族だけのパーティーのものって、やっぱカミーリャ家はこの次元に住むべき住人じゃねぇな)
目の前のどら焼きに手を伸ばしつつそんな事を考えていると、「あ、芙弓も今年は出ないと駄目だよ」と意味不明な事を言われた。
「は?無理に決まってるじゃないですか。盛大なもんじゃないにしても、家族の集まりに私が行くとか、場違いすぎて門前払いっすよ」
「もう家族だから、行かなきゃ駄目なんだって」
「……?(妹の親友が家族?んな訳ないだろ)」
「何もわかってないみたいだねぇ。まぁ、いいか。その時になったら『ロイド』に用意させておけば良いだけの話だし」と言い、ロイさんがため息を吐く。どうせ今はそんなつもりでいても、雪乃が絡むか仕事が忙しくなって忘れるに決まっているんだから、要らぬ心配はしないでおく事にした。
「そういや、僕の経験人数なんてどうして気になったんだい?」
「え、あんなに上手いならさぞ多いんだろうなって」
「……う、上手いかぁ。芙弓は随分と恥じらいなく言うね。まぁ、嬉しいけどさ。でも僕はさっきも言った通り、有象無象で発情出来る程性欲は強くなかったから『あの日』のアレが初めてだよ。別段大事にしていた訳でもなかったから『嫌われる』イコール『強姦でもしたら女性なら嫌がるだろ』であっさり捨てる気になって、めっちゃ作法だけは事前に調べたけどね」
「……もしかして、その、ご本人に『上手い』とかって発言は普通言わないもんですか?かなり恥ずかしい事言ってたりします?私」
じわじわと時間遅れで羞恥心が迫り上がってきた。
「うん!ちょっと卑猥だなぁって思うよ。でも良かったなぁ、僕は器用なタイプだけど性交渉に関しては相性もあるからね。なのに『上手い』と思って貰えたって事は、相性バッチリって事だ。連続で二度も三度もしたくなっちゃうぐらいだから納得だなぁ」
背後から抱きしめる腕の力が強くなった。その事に驚きフリーズしていると、脇の下に腕を回され、ぐっとぬいぐるみでも持ち上げるみたいにぐっとロイさんが私を立たせた。
「芙弓……今からしよっか♡」
「——は!?今の何処に発情要素が?」
大きな声をあげたが、テーブルに押し倒され、脚の間にロイさんが割り込んで来る。
「『上手い』とか『その顔で』とか、めっちゃ褒めてくれるんだもん、そりゃこっちだって応えたくなるってもんだよね?」
彼の青い瞳はもう完全に発情した雄のものとなっている。
「お互いに初めて同士だったのにあんなに気持ち良かったんだもん、この先も沢山したら、きっともっとえげつない快楽に浸れると思わない?」
「ヒッ」と短い悲鳴が喉から出た。こうなってはもう彼を止めることが出来る者なんて妹の雪乃ぐらいだ。だが余程の要件でもない限り兄には自分から連絡をしない彼女が今この瞬間兄に連絡を入れてくる可能性なんか当然『ゼロ』である。
「ヤァメェロォォォー!」
涙ながらに叫ぶ声が虚しく部屋に響く。このたった五分後くらいでもうこの部屋に響くのは私の喘ぎ声になってしまうんだから、早く誰かに、この性欲モンスターを引き取って欲しいもんだ。
——だけど、そんな事は到底無理で有り得ない話なんだって私が実感するのは、もっとずっと後になってからだった。