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運良く、中央特快東京行きに乗れた優子は、ドアに寄り掛かり、流れゆく景色をぼんやりと見つめていた。
出所してから一日しか経っていないのに、色々な事があり過ぎて、何日も過ぎたように感じている。
この先の人生を悲観し、ドラッグストアで万引きをしようとした時に、止められた男に声を掛けられ、デパートで化粧品を買ってもらい、ホテルのラウンジでお酒を飲んだ。
住む場所もなく、拓人が住み始めたという高級ホテルの部屋で身体を交え、男の命令で、これから新宿で見知らぬ男性に身体を売ろうとしている。
しかも、相手は大手企業の役員。
現実味が全くない。
優子は、自分が小説やラノベの中の、哀れなヒロインになっているような錯覚に陥っている。
(事実は小説よりも奇なり、か……)
刑務所を出てから今までの出来事を朧気に考えていると、いつしか電車は、新宿駅に到着していた。
新宿駅西口の改札を抜け、地下通路をひたすら歩いていく。
駅の再開発をしているせいか、警備員が人の流れを誘導し、工事中の殺風景な様子はゲームの中のダンジョンのよう。
新宿中央公園方面へ向かって歩いていくと、待ち合わせ場所の電鉄系ホテルへ通じる出口を見つけた。
(正面玄関前って言ってたよね……)
優子は腹をくくり、フウっと息を吐き出すと、階段を踏み締めるように上っていく。
腕時計で時刻を確認すると、十一時四十五分。
(ちょっと早いかな。でも相手を待たせるよりはマシか……)
地上に出て、待ち合わせ場所に向かっていくと、男が話してた通り、ダークグレーのスーツを着た男性が佇んでいるのが小さく見えた。
優子のいる位置から見ると、男性は背を向けている。
バクバクと打ち鳴らされている鼓動を落ち着かせるように、一歩、また一歩と近付いていった。
「…………すみません。正午に待ち合わせをされている方……でしょうか?」
彼女が勇気を振り絞って、広い背中に声を掛ける。
「ええ、そうで──」
男性が、振り向きざまに優子に返答した瞬間、彼は、ハッとしたような表情に変わり、瞠目した。