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声のした方向に身体を向けると、白のロングコートにグレージュのワンピースを纏った恵菜が現れた。
「あっ……ああ……こんにちは」
恵菜が怪訝な表情をチラリと覗かせたが、すぐに上品な笑みを湛える。
「すみません、ちょっと早く来ちゃったかな、と思ったんですけど、既に谷岡さんがいたので、声を掛けました。…………もしかして、お邪魔でしたか?」
「いっ……いえ、邪魔だなんて、とんでもない! さっきの女性は、久々に会った友人なので……」
言い訳がましい笑顔の仮面を被り、純は内心ヒヤヒヤしている。
(ヤベェ…………相沢さんに……見られた……よな……)
苦虫を噛み潰したような表情になるのを、彼はグッと堪えた。
「そうなんですね」
恵菜は、唇を緩やかに弧を描かせているが、クールな奥二重の目元は笑みを消している。
読み取れない面差しは、彼女が何を思っているのか分からない。
「じゃあ……さっそく行きましょうか。予約したのは、デパートのすぐ近くにある、ホテル内のレストランなんです」
恵菜は、モノレールの立川北駅方面へ足を向けると、純も慌てて彼女の後を追った。
彼女が案内してくれたのは、完成して数年も経っていないと思われる新しいホテルだった。
開放的なロビーは、木目調の細かい梁 が緻密に組み込まれ、柔らかな間接照明が心を癒してくれるような空間。
カフェラウンジを通り抜け、奥にある創作料理のレストランに入っていく。
個室を案内されると、純は目を見張らせ、鼓動が加速していくのを感じた。
(相沢さん…………こんな素敵なレストラン、しかも個室を予約……したんだ。いいのかよ? 人妻が、狭い空間に男と二人きりだなんて……)
純と恵菜はウーロン茶を注文し、料理が運ばれてくるのを待つ。
「谷岡さん、改めて、先日は助けて下さり、本当にありがとうございました」
席に着き、恵菜は腰を下ろしたまま純に深々と頭を下げる。
「いっ……いえ……」
人妻と個室で二人きり、という状況に、純はソワソワしている。
挨拶を交わした後、沈黙が降り、店員がウーロン茶をテーブルに運んでくると、無言で口に運ぶ二人。
純は数日前、電車の中で、恵菜に対して思った事を聞いてみようと、口火を切った。