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母屋が、急に騒がしくなった。
「顔を出さなくとも、よろしいのですか?」
屋敷の主人である、兄が、また、発作を起こしたのだろう。
にも関わらず、しなだれかかる女は、妻、という立場を放棄しているようだった。
「 義姉上《あねうえ》様?」
こちらの呼びかけに、女は、不機嫌そうに口を尖らせると、すっくと立ち上がり、
「私など、何処に行っても、邪魔者でしょう?旦那様は、薬師を呼べばよろしいだけ。私が行ってどうなります?」
投げやりに、ではあるが、義姉は、正論を 夢龍《むりゅう》へ向けて吐き捨てると、けだるそうに戸口へ向かった。
「どうも、学業のお邪魔を致しましまして」
トドメのつもりか、一言付け加え、引戸を鬱陶しそうに開けた 女《あね》は、部屋から出ていった。
上級官吏の登竜門である、科挙の受験準備の邪魔にならないように、特別の配慮から、引き渡されている来客用の離れに夢龍は、日々こもっていた。
親戚筋も、屋敷に仕える者も、すでに当主に見切りをつけて、弟である夢龍に期待を寄せていた。
科挙に受かれば、両班《きぞく》として、大きな顔ができる。
夢龍は、宮殿に詰めるか、地方の長官として配属されるか。どうあれ、この 李家《りけ》は、安泰。そして、周りの者も、甘い汁を吸えると、各々の胸のうちには、あくどい思いが芽生えていた。
当主の妻である 義姉《あね》は、寝付いてしまっている夫の世話などおざなりで、夢龍跡をついだ時の事を思慮しているのか、こうして、夜な夜な、離れにやって来ては夢龍を誘ってくれた。
兄夫婦には子がまだなかった。跡取りをという、焦りは分かるが、李家の種が欲しいと、どこか歪んだ理由を述べて、夢龍に迫ってくる。
確かに、女盛り。一人寝は、辛かろう。それに、見映えもそう悪くない。
思慮深さだの、正妻に求められる モノは持っていない女だから、単に、夢龍の若さに惹かれてのことだろうが、と、初めは、憂さ晴らしもかね、夢龍は望み通り抱いてやっていた。仮に、兄がみまかれば、夢龍が姉と呼んでいる、この女を娶ることになるのだろうと、どこか割りきりもあった。
女は、そこまで読んで、近づいて来ていたのだろうが、病持ちの夫から、有望株の若者に切り替えたいと毎夜思惑を押し付けらては、夢龍も段々鬱陶しくなってきた。
そして、旨い具合に科挙受験が近づいている。
夢龍は、それを理由に義姉《おんな》を避けるようになっていた。