翌日、栞は大学での講義を終えた後、アルバイト先へ向かった。
今日は、瑠衣も一緒にバイトに入る日だ。
瑠衣とは、高校卒業後も仲良くしていた。たまに時間が合えば、バイト前にランチをすることもある。
服飾系の大学に通う瑠衣は、高校生の頃からおしゃれで可愛らしかったが、大学生になってなってからはさらに磨きがかかり、綺麗になっていた。
ロッカールームへ行くと、瑠衣が先に到着していた。
「おはよう瑠衣」
「あっ、栞! おはよーう! ふぁぁぁ~~~」
「あくびなんかして、寝不足?」
「そうなの。実は合コン明けで眠くってさぁ」
「また合コンに行ったの? なんか最近毎週行ってない?」
「だってさぁ、うちの大学女子ばっかりだから、合コンにでも行かないと出会いがないんだもん」
「だからって、毎週は行き過ぎじゃない? で、良い出会いはあったの?」
「うーん、イマイチ。どれもパッとしないんだよなぁ」
「ふーん……やっぱり優斗さんほどのいいオトコはいないってことか」
栞がニヤッと笑うと、瑠衣は口を尖らせて言った。
「だって優斗さん、大学院へ行く準備でバイト減っちゃってるでしょう? だから、会えない淋しさを紛らわすためには、合コンに行くしかないんだよ!」
瑠衣は、高校時代からバイトの先輩である高柳優斗に片想いをしていた。しかし、初心な瑠衣は、いまだにその想いを伝えられずにいた。
「もうよそ見なんてしないで、優斗さん一筋で頑張ったら? 合コンに行くのもやめなよー」
「でも、ずっとバイト仲間だったんだよ? 今さら告れないじゃん。告って振られたら、それこそ一生立ち直れないし……」
瑠衣の悲しげな表情を見て、つい栞は微笑んでしまった。
華やかな見た目から遊んでいそうと思われがちな瑠衣が、一途に優斗を思う様子が微笑ましい。栞は二人がなんとか上手くいくようにと祈るような気持でいっぱいだった。
着替えを終えた二人は、フロアに出て働き始めた。
最初は空いていたが、午後7時頃になると夕食を食べにきた客で少し混雑した。
そのピークを過ぎると、店内は再び静かな雰囲気に包まれ、スタッフにも余裕が生まれる。
そして、時刻が午後9時になろうとした時、新しい客が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
栞が声をかけると、なんとその客は直也だった。
「先生!」
「あ! いたいた」
直也はにっこりと微笑む。
「お食事ですか?」
「いや、食事は実家で済ませてきたから、スイーツでもいっちゃおうかなー?」
その言葉を聞き、栞はあの日一緒に食べたパフェのことを思い出して思わずクスッと笑った。
「笑ったな」
「だって…….」
栞はクスクスと笑いながら、直也を席へ案内した。
席に着くと、直也はメニューのデザートのページを開いてからこう言った。
「やっぱ、チョコレートパフェかな。あと、ドリンクバーもね」
「かしこまりました」
栞がお辞儀をしてバックヤードへ戻ろうとした時、瑠衣が「キャーッ」と叫びながらテーブルに駆け寄ってきた。
「先生! お久しぶりでーす!」
「瑠衣ちゃん、久しぶり! 相変わらず元気そうだな」
「はい……と、言いたいところなんですがぁ、悩める乙女はちょっといろいろありまして……。あ! そうだ! 先生に相談しちゃおうかなぁ?」
「ん? どうした?」
すると、瑠衣は直也の前に座り、さっそく恋愛相談を始めた。
栞は二人を残してバックヤードへ戻った。
しばらくしてパフェが完成すると、栞は直也のテーブルに運んだ。
すると、瑠衣の恋愛相談はまだ続いていた。
「まぁ、そのうち気持ちを伝えるチャンスもくるだろうから、それまでは自分磨きだな!」
「えーっ! じゃあ合コンは? やっぱりやめた方がいいですか?」
「行ったって無意味だろう。瑠衣ちゃんには、その彼しか見えてないんだから」
「それはそうだけどぉー」
瑠衣は納得がいかない様子で首をかしげる。
そこで、直也が栞に聞いた。
「好きな男がいるのに、他の男にフラフラしたら駄目だよなぁ?」
「え? あ、はい……私は器用じゃないから、そういうのはダメですね」
「栞は一途だもんねー」
瑠衣がニヤニヤしながら言った。その言葉に、栞はドキッとする。
彼女は、栞が直也に好意を抱いていることを知らないはずなのに、まるで知っているような顔をしている。
気づいているのだろうか?
「そうなんだ。栞ちゃんは一途なんだ?」
「そうなんですよ先生! 栞ったらせっかく一人暮らしを始めたのに、男っ気がまったくないんですから」
瑠衣は茶化すように言った。
「まぁ、チャンスがあるのに、恋をしないのも勿体ないよなぁ」
「でしょう? 先生、栞に言ってやってください! 大学生なんだから、恋の一つや二つしないとダメよって!」
「瑠衣っ!」
栞は、調子に乗る瑠衣をたしなめるように言った。
そんな栞を見て、直也は笑いをこらえている。
「まぁ、素敵な恋愛をするとさ、エストロゲンやドーパミンがバンバン出て、女性はぐんぐん綺麗になるからねー」
直也の言葉に、瑠衣がすかさず反応する。
「それって女性ホルモンですよね?」
「そうそう」
「じゃあ、若いうちに恋愛しないのは、損っていうことですよね?」
「その通り!」
二人はすっかり意気投合していた。そんな二人を横目に、栞は静かにバックヤードへ戻った。
遠目に直也を観察していると、彼は以前と同じように美味しそうにパフェを食べている。
そのスピードは、以前よりも早くなっていた。
その姿を見て、栞は思わずクスッと笑う。
それからしばらくして、瑠衣もバックヤードへ戻ってきた。
一人になった直也は、コーヒーのおかわりを取に行った後、テーブルにパソコンを広げ、何やら作業を始めた。
(もしかして、また本の執筆?)
栞は気になる。
午後10時、栞は仕事を終えた。
自宅が近い瑠衣は、午後11時までの勤務だった。
栞は瑠衣やスタッフに挨拶をすると、ロッカールームへ向かった。
着替えを済ませて裏口から外へ出ると、駐車場に直也が立っていた。
彼の車は、以前と同じものだった。
「送って行くよ」
その場面は、あの日とまったく同じ光景だった。
あの時は、真冬の凍てつくような寒い夜だったが、今夜は穏やかな春の陽気で暖かで風も優しい。
「先生、お仕事は大丈夫なんですか?」
「うん、ちゃんと片付けたよ。さあ、乗って!」
直也は以前と同じように、助手席のドアを開けて待っていた。
「すみません、ありがとうございます」
「同じ街なんだから、気にしないで」
栞が助手席に乗り込むと、直也は静かにドアを閉めてくれた。
コメント
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直也先生....🤭 瑠衣ちゃんの恋の相談に乗りながらも、ちゃっかり栞ちゃんのこと聞いてるし....💕ウフフ きっと栞ちゃんに逢いたくて、わざわざパフェ食べに来たんだよね( *´艸`)♡
先生 るいちゃんの恋愛相談にのっていながらしっかり栞ちゃんの事聞いているよね でもすぐに告白しないあたりがprotect love なのでしょうね 今後ゆっくりゆっくり二人で育てていくのが楽しみです
直也さんこれから栞ちゃんのバイトのお迎えは必須ですな😁栞ちゃんに悪い虫がつかないようにねー