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明花永(あかな)
12
#普通
野々さくら
202
ドラゴン店長
30
コメント
1件
美波さんが佳苗ちゃんの優しさに背中を押されて、ついに「別れましょう」と言えた瞬間、胸が熱くなりました。幼い子が「お母さんがいればいい」って言える強さに、涙が止まらなかったです。最後の男の舌打ちと呟きが不気味で、この先が本当に心配になります…。美波さんと佳苗ちゃんの絆が、どうか守られますように。
男が出て行った後の室内で、美波は腫れ始めた佳苗の頬にそっと手を添えた。
「ごめんね・・・佳苗」
震える声だった。
「痛かったわよね?」
佳苗はにっこりと笑う。
「ううん!私は平気!」
そして、小さな胸を張るように続けた。
「来年小学生になる大人だもん♬」
その無邪気な笑顔に、美波の目から涙があふれた。
「佳苗・・・」
嗚咽を漏らしながら顔を伏せる。
「ごめんなさいね」
佳苗は小さな手を伸ばした。
「ヨシヨシ」
優しく、美波の頭を撫でる。
幼い手の温もりに、美波はますます涙をこぼした。
「佳苗・・・」
佳苗は少し照れくさそうに笑う。
「私はお母さんが居てくれれば、他に何も要らない」
その一言が、美波の胸を締め付けた。
「う・・・うぅ・・・」
美波は涙を流しながら佳苗を強く抱きしめた。
「佳苗はホント優しいね」
佳苗は照れたように笑う。
「そうかな? えへへ」
その笑顔は、春の日差しのように温かかった。
その日の夜。
佳苗はベッドの上で穏やかな寝息を立てていた。
「う、う〜・・・ん、ムニャムニャ」
何も知らず、幸せそうな寝顔。
そんな佳苗を、美波はベッドの傍らで静かに見つめていた。
「佳苗・・・」
優しい眼差しで娘の頭をそっと撫でる。
この時間だけは、辛いことを何もかも忘れられた。
だが、その静寂は突然破られる。
──ガチャ。
玄関の扉が乱暴に開く音が響いた。
男が帰ってきた。
男が、酒と煙草の臭いを漂わせながら部屋へ入ってくる。
「あー! クソが!」
苛立った声が響く。
「今日も負けたわ!」
美波は静かに立ち上がった。
「おかえり・・・遅かったわね」
男は不機嫌そうに靴を脱ぎ捨てる。
「よう!美波!腹減ったからよ飯頼むわ!」
美波は冷たく言い放った。
「あるわけないじゃない、そんなの」
男の眉が吊り上がる。
「はぁ? 今朝用意しとけっつったよな?」
美波は一歩も引かない。
「確かにアンタに言われたわね
けど私は用意するなんて言ってないわよ?」
男の顔が真っ赤になる。
「んだとコラ!そー言う屁理屈良いからよ
とりあえずなんか作れよ」
美波は静かに息を吐いた。
そして、長い沈黙の末に口を開く。
「もう我慢の限界よ・・・」
男は鼻で笑う。
「ん?我慢が何だって?」
まるで興味もない様子だった。
「まぁ何だって構わねーから、さっさと飯──」
その言葉を遮るように、美波ははっきりと言った。
「出て行って」
男は聞き返す。
「はぁ?」
美波は男の目を真っ直ぐ見つめる。
「この家から出て行ってって言ったの」
そして、震えながらも言い切った。
「もう別れましょう」
美波は男を真っ直ぐ見据えた。
その瞳には、もう迷いも未練もない。
「アンタには愛想が尽きた」
男は困惑したように眉をひそめる。
「なんだよ、急に」
美波は静かに首を振った。
「急にですって?」
その声には怒鳴り声など必要なかった。
積み重なった年月が、その一言に込められていた。
「ずっと我慢してたのよ」
一つひとつ、胸の内を吐き出すように続ける。
「でもそれも限界・・・」
そして、自分自身に言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「私はこれからの人生を
佳苗と二人で生きていく。そう決めたのよ」
男は少し黙り込み、美波を見つめる。
「本気なのか?」
美波は迷わず頷いた。
「ええ・・・本気よ」
男は鼻で笑う。
「いいのか? 三十路のシングルマザーなんて
今後相手してくれるヤツな居ねーぞ?」
だが、美波は表情一つ変えなかった。
「構わないわ」
その一言には、何にも揺るがない覚悟が宿っていた。
「私には佳苗が居る、佳苗さえ居てくれれば
私は何も要らない、何も望まない」
男は押し黙る。
美波は優しく微笑んだ。
「佳苗だって、そう言ってくれた」
あの幼い笑顔が脳裏に浮かぶ。
お母さんが居てくれれば、他に何も要らない。
その言葉だけで十分だった。
「だからもう終わりにしましょう」
長い沈黙が流れる。
男は目を伏せ、小さく息を吐いた。
「そっか・・・なら仕方ねーな」
次の瞬間、吐き捨てるように言った。
「わーった、わーった、別れてやるよ」
美波は冷静なまま頷く。
「話が早くて助かるわ」
男は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「だったらさ、最期に飯作ってくれよ」
美波は呆れたように男を見る。
「だから自分で・・・」
しかし男は食い気味に言葉を遮った。
「最期くらい良いじゃねーかよ、最期だからよ」
美波は深いため息をつく。
「はぁ〜・・・」
しばらく考えた末、静かに口を開いた。
「分かったわよ。でも冷蔵庫の残り物で
作る簡単なヤツしか用意できないわよ?」
男はあっさり頷く。
「それでいいよ!」
美波は力なく微笑んだ。
「分かった」
そう言うと、疲れ切った足取りでキッチンへ向かう。
男はそんな美波の背中を黙って見送る。
やがて小さく舌打ちし、低い声で呟いた。
「ナメやがって、クソが」