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黒猫のイレイラ

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黒猫のイレイラ

34 - 【最終章】第3話 貴方だけを想い咲く花(カイル・談)

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2024年01月27日

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「…… イレイラ!」

意識が戻った瞬間、僕は飛び起きて周囲を見渡し、叫んだ。僕の傍にイレイラが居ない。


——どこに行った?彼女は目を覚ました筈だ。何故此処に居ない?

不安になる。

僕はどのくらい意識が無かった?

まさか…… 。

あれからまた何かがあったのか?

眠っていた時間が長過ぎたのかも…… 。

様々な不安と疑問が心にわいてきて、考えを支配する。


怖い、怖い、怖い!


こんなに早く、また愛しい人を失ってたまるか。い、いないなら早く再度召喚ないと、すぐ準備しなきゃ、あぁぁぁぁぁ、どうでしようどうしよう、どうしたら…… 。


クラッと目の前が揺れ、僕は頭を抱えた。

「…… おい。落ち着け、主人あるじ。イレイラは今、庭に居る。気分転換をしろと皆で庭に行けと薦めたらしいぞ」

音もなく、声の主が僕の元へ飛んで来て肩に留まった。今は此処に居ないはずの存在に驚きが隠せない。

「…… サビィル?帰っていたのか?」

「主人が倒れたと聞いて、慌ててな。仕事どころではないだろう」

僕の伝達役を務める白梟のサビィルが、『褒めろ』といいたげな瞳で言った。

「…… イレイラに、逢いに行かないと」

そう言って、僕は布団の上を這う様に移動し、ベッドから脚を下ろした。

「気持ちはわかるが、私を無視するな。イレイラに会いたいなら、まずはさっさと体を洗って来たらどうだ?体を拭いてはいたが、一週間ぶりに逢うのにそのままは流石になぁ」

肩の上で頭を揺らしながらサビィルが諭してくる。

「イレイラは、無事なんだな?」

眉間に皺を寄せ、僕は再確認した。早く安心したい。無事だと聞いても、まだ少し怖い…… 。

「あぁ、無事だ。もっとも私もまだ会ってはいないがな。だが、セナとエレーナが『無事だ』と言っているから間違いないだろう」

「…… エレーナが、帰っているのか?」

懐かしい神官の名前に、少し嬉しくなる。彼女が亡くなってからまださほど経過していない。なのに、もう戻ったのか。

「“前世持ち”で生まれる事が出来た神官は、他の者も皆戻っている。お前の話を聞き、焦ったらしいな。主人の危機だ、皆私並みの忠誠心で素晴らしいじゃないか。これも全て、主人の人徳というところか」

誇らしげな雰囲気のままサビィルが説明してくれる。ホント、よく話す梟だ。まぁ、だから伝達役にしたのだが。


そんなやりとりの音を聞きつけたのか、誰かが寝室の扉が開き、入って来た。

「…… カイル、さま?カイルさまっ!目を覚まされたのですね⁈」

小さな白い神官服に身を包んだ子供が、肩くらいの長さの茶色い髪を揺らし、腕を広げながら僕に向かい駆けて来る。だが…… 小さ過ぎて、遅い。運動には不向きな格好という事が加算されている様だ。

「——まさか、エレーナか?」

「はい!エレーナでございます。『神子さまがヤバイ』と街中が大騒ぎだったので、この体では時期尚早かとも思いましたが、我慢出来ずに帰還させて頂きました。どうかまたお仕えさせて下さいませ」

あがる息のまま、手を胸に当てエレーナが一礼する。仕草は幼いが丁寧で、以前のエレーナの面影を感じてホッとした。


(——それにしても小さい。いったい今回は、何歳で此処へ戻って来たんだ)


「今は五歳らしいぞ!あの老婆が今じゃすっかり可愛いな!」

僕の疑問を感じ取ったのか、サビィルが叫んだ。

「おだまりなさい!カイルさまのお肩で声を張り上げるものではありません!」

エレーナがキッとサビィルを睨みつける。その顔を見て、『あ、これは間違い無くエレーナだ』と思った。


「ささ、カイルさま。お湯の用意が出来ていますので、お身体を洗いましょう?何時でも入れる様にしてありましたので、使用人達も喜びますよ」

サビィルに向けるキツイ眼差しがコロッと変わり、ニコニコとした愛らしい笑顔を向けて僕を風呂場までエレーナが同行しようとする。それについて歩くが、歩幅が合わな過ぎてちょっと可笑しくなってきた。

「…… えっと、一人でも大丈夫だよ?エレーナ」

「何をおっしゃいますか。これはカイルさまにお仕えする者のつとめです」

「んー…… わかった。でも、体は自分で洗うからね?それだけは譲らないよ?」

「ご安心ください、ちゃんと覚えていますよ」

そう答え、クスクス笑う雰囲気が妙に上品で、見た目とのギャップが凄かった。


「では、終わりましたらお声かけ下さい。イレイラさまにはお目覚めになった事をお伝えしておきますので、ゆっくりお入りになって下さいね。綺麗になって、イレイラさまに逢いに行きましょう?」

「そう、だね。わかったよ」

素直に頷く。逸る気持ちは捨てられないが、今は彼女の言う通り身支度が先決だ。

「さぁ、サビィル!もう肩から降りなさい!カイルさまが洗えませんわ!」

「少しくらいいいではないか」

キュッと肩を掴むサビィルの爪に力が入る。離れたく無いと主張する様に。

「いや、降りて。洗えないし」

肩に留まられたままでは夜着が脱げない。正直困るのではっきりサビィルに伝える。

すると、彼に眉があれば、絶対に悲しげに下がっていただろうと推測出来る雰囲気の顔で凝視されて、流石に困った。こんなにサビィルが離れないのは初めての事だ。


(彼も…… 怖かったんだろうか)


「夜には水浴びに付き合ってやるから。それならどうだい?」

頭をソッと撫で、クチバシの辺りをかいてやる。すると嬉しそうに頷き、羽ばたいてくれた。

「わかった、今はそれで妥協してやろうか。では、私は主人が目覚めたと神殿内に伝達してくるとしよう」

「頼むよ。報告しないといけない相手が多そうだから…… しばらくは忙しくなるね。——はぁ、またイレイラとの時間が減っちゃうな」

軽くなった肩を落としながら、僕は浴室のドアを閉めた。

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