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「――……んっ」
意識が浸透し、目を開けた先は見知らぬ天井だった。
「……えっ?」
大きく豪華なシャンデリアに、視線を向けると一面に広がる白。
亜美は自分が置かれた状況が、暫し呑み込めないでいる。
「何……ここ? 何で私――」
此所がどこぞの一室である事は間違いない。自分は何時の間にか、この幻想的な白の空間――その広いベッドの上で寝かされていたのだ。
亜美は取り乱したくなる気持ちを抑え、自分が何故此処に居るのか、気を失う前の記憶の紐を辿ってみる。
「――幸人さん!?」
そうだ。最後に見たのは、銀色の幸人の姿と悠莉の姿。
そしてそれに続く、彼等以外の見知らぬ者達――
「お目覚めかい?」
「――っ!!」
突然掛けられた声に、亜美は心臓が飛び出る程に驚いた。
誰も居なかった筈だ。だが何時の間にか傍らに居る人物。
「幸人さん……い、いえ、だっ――誰?」
そうだった。あの時の――幸人と同じ、もう一人の銀色の人物。
一瞬見紛う程だったが、明らかに彼ではない。
「ひっ!?」
無言で伸ばしてきたその手に、亜美は思わず嗚咽を洩らした。
“犯される!”
そう思うのは無理もない。個室には男女が二人。突然置かれた状況に、逃げ場も有ろう筈がなかった。
「や、やめっ――」
亜美は抵抗しようと身を捩らせた。幸人になら何時抱かれてもいい。
あの夜――彼にもう一度抱いて貰いたかった。叶わぬ想いだと分かってはいても、自分を抑えきれなかった。
だが“彼以外は絶対に嫌だ――”
想いとは裏腹に、その手は亜美の頭の上に置かれる事になる。
“えっ?”
意外だったが、それでも身体を強張らせた。
「手荒な真似をして済まないね……」
それに続く彼からの声。
「全てが終わるまで、どうか暫くは我慢して欲しい。此所なら安全だから」
“一体何を言ってるんだろう?”
少なくとも犯すつもりや、ましてや殺すといった危害を加えるつもりでは無い事は理解出来た。
だが帰す気も無い事もまた確か。
「そ、そんな急に言われたって! というより貴方は誰よ!? 幸人さんは? 幸人さんは何処!」
勿論、突然監禁に近いものを言い渡された所で、亜美には到底納得出来るものではない。
しかもこの状況の張本人は、全く身に覚えがないのだ。抗うのは当然――
「相変わらず……気が強いんですね」
エンペラーはそんな亜美へ微笑を浮かべた。
“相変わらず?”
亜美は何処か引っ掛かるものを感じた。
その物言いは知り合いに向けての類いのもの。
エンペラーは亜美を知っている。だが亜美はエンペラーに全く覚えが無かった。
幾ら記憶の紐を辿り、過去を照らし合わせても、彼は記憶の何処にも無い。
「貴方は……誰? どうして私を……」
ただ幸人と同じ銀色の髪。彼と同じ銀色の瞳の奥にある、慈愛に満ちたものは同一と感じ取っていた。
「ふっ……」
エンペラーは何処かもの悲しそうな表情を浮かべながら、そっと席を立った。
「貴女は何も知る必要は無いし、何も思い出す必要も無い。“今”の貴女には何も関係の無い事なのだから」
踵を返し、別れ際へ意味深な一言。
「それってどういう……」
亜美には全く分からなかった。彼の――エンペラーの意図する事が。
「……私は貴女にだけは幸せになって貰いたいだけだよ。もうすぐ世界は変わる。“滅ぶ筈”の世界は――運命は私が変える。その瞬間を貴女は見る必要は無い」
「分からない……言ってる事が全然分からないわよ!」
亜美は遠ざかっていく背中へ叫び掛けるが、エンペラーは全てには答えず、出口への扉へ手を掛けた。
「分からなくていい。知らない方が良い事も、世の中にはあるのだから」
「待って!」
そして去り際に一言を残し、エンペラーは部屋を出て行った。外側からはガチャリと施錠の音が聞こえる。
「何なのよ……」
亜美は暫し放心状態だった。
ただ監禁されるだけならまだしも、余りに彼への謎が多過ぎた。
「幸人さん……」
“助けてっ――”
自分以外無人となった室内で思うは、愛しい人の事。
亜美は連絡手段にふと気付いて携帯を取り出すが、やはりというか不安通り圏外だった。