綾子はクマのぬいぐるみを持って仁の前に行く。
「このぬいぐるみは理人が大事にしていたものなの。だから連れて来ちゃったけど部屋に置いていてもいい?」
その時仁はしまったと思う。
(ママをホテルに連れて来ちゃうと理人君は別荘で一人っきりだもんなー)
仁はそこまで配慮してあげられなかった事を深く後悔する。
そこで仁は綾子の手からクマのぬいぐるみ受け取ると優しく撫でてから言った。
「ごめん、俺の配慮が足りなかったよ。理人君を一人にしちゃうと可哀想だよな」
それを聞いた綾子は驚く。仁が謝る必要などない。
「ううんそうじゃなくて、私が言いたいのは私と付き合うと常に理人がついてくるって事。もうこの世にはいない子だけど私は多分おばあさんになるまで理人の事を思い続けるし理人の事を口にすると思うの。だから仁さんには嫌な思いをさせるかなって……その事を言っておきたかったの」
なんだそんな事かと仁は思う。
「そりゃあ君がお腹を痛めて産んだ子なんだ、当然だよ。それに俺はそんな事全然気にしないよ」
綾子はその言葉にホッとする。
そこで仁はクマのぬいぐるみに向かって言った。
「どうも初めましてー、仁おじちゃんですよー! アレ? 理人君随分毛深いなぁ。君はなかなかワイルドだねぇ」
思わず綾子はクスクスと笑う。
「これは理人の化身のようなものだから本人じゃないわ」
「いやー俺よりワイルドで負けちゃったな―」
「フフフ、だから違うってば……」
そこで仁は綾子の瞳を見て真剣に言った。
「男ってのはさぁ、心底好きになった女の過去なんてどうでもいいんだよ。いや、どうでもいいっていうのはちょっと語弊があるかな? つまり男っていうのは好きになったらその女の過去も全部ひっくるめて好きになるんだ。だから当然俺も綾子の過去を全て受け入れるつもりでいる。だから綾子は何も心配しないでいいんだよ」
仁の思いやり溢れる言葉に綾子は目頭が熱くなる。
「うん」
「ただ何か心配事があったり不安な事があったら今みたいにきちんと話してくれるとありがたいな。黙ったままストレスをためられるより全然いい。俺もちゃんと聞く耳を持つようにするから今みたいに何でも言ってくれ」
「……うん、ありがとう」
綾子は溢れそうな涙をこらながらてニッコリと微笑んだ。
綾子の笑顔を見た仁は再びクマのぬいぐるみに向かって言った。
「じゃあおじちゃんとママは今からご飯に行って来るから理人君はお部屋のお留守番を頼むよ、よろしくなー」
仁はそう言うとぬいぐるみを窓辺にあるテーブルの上に置いた。
「ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ行こうか」
二人は見つめ合って微笑んだ後手を繋いでレストランへ向かった。
エレベーターの中で綾子が聞く。
「レストランはイタリアン?」
「うん、ここのはかなり美味いって評判みたいだね。綾子はイタリアンが好きだったよな?」
「だからこのホテルにしてくれたのね。それにしてもスイートルームに泊まれるなんて夢のようだわ」
「俺は『神』だから君の望みはなんでも叶えよう」
「フフッ、まだ言ってる」
「だって凄くないか? メールで出会った『God』と『エンジェル』が聖なる夜を過ごしているんだぞ? 奇跡だろう?」
「確かに…でも不思議ね」
「ん?」
「だってほんの少し前まではお互いに全く知らない者同士だったのよ」
「そうだね、でもきっとこれが縁っていうんだろうな」
「うん……」
その時エレベーターのドアが開いたので二人は降りた。
そしてフロントを横切ってレストランへ向かった。
レストランは一段低くなったフロアにあった。天井は吹き抜けでとても開放感がある。
一面ガラス張りの窓の外には森が広がっている。今は暗くて全景は見えないが明日の朝には見えるだろう。
レストラン内にはジャズのクリスマスソングが流れクリスマス気分を盛り上げている。
レストラン内を見回すとクリスマスディナーを楽しむカップルが思い思いに聖なる夜を過ごしていた。
窓際の席へ案内された二人は向かい合って席に着く。
しばらくすると仁が頼んでくれたシャンパンが運ばれて来たので二人は乾杯をする。
「メリークリスマス! まだイブだけどなー」
「フフッ、メリークリスマス!」
グラスをカチンと合わせるとシャンパンを味わう。
「美味しい。シャンパンは久しぶりだわ」
「綾子お嬢さんはかなりいけるクチみたいだからどんどん飲ませないとな」
「少しくらいじゃ酔わないわよ」
「おいおいどんだけ酒豪なんですか? もしかして俺の方が弱かったりして」
「フフッ、じゃあいっぱい飲ませちゃおうかなー」
綾子が意地悪く言うと仁は困った顔をする。
「今夜はまだ寝る訳にはいかないんだっ!」
仁が鼻息を荒くしたので綾子はクスクスと笑う。
その時アンティパストが運ばれてきたので二人はお酒と共に楽しむ。
キャビアとアボガドのタルタル、スモークサーモンのテリーヌ、キノコのキッシュはどれも絶品だった。
スープはキノコのカプチーノでふんわりと泡が立ち濃厚で舌触りがまろやかだ。
パスタは雲丹の生パスタだった。雲丹が大好物の綾子は大喜びする。
メインの和牛フィレ肉フォアグラソテーはとても美味だったがこの頃には既にお腹がいっぱいになる。
二人は噂通りの美味しいイタリアンを心ゆくまで楽しんだ。
食後には見た目も華やかなデザートの盛り合わせが運ばれてきた。
イチゴの帽子を被ったサンタクロースを模ったショートケーキにガトーショコラの教会。教会の屋根はクリームの雪で覆われている。その隣りにはもみの木をイメージした抹茶のジェラートが添えられていた。
あまりにも可愛らしいデザートなので綾子は写真に収めていた。もちろん食べる時も満面の笑みだ。
「綾子は高級食材が好物みたいだからやっぱり育ちがいいんだなー」
「違うわ、たまたまよ」
「へぇ、じゃあ高級食材が出るレストランには一体誰と行ったんだ?」
仁が鋭い突っ込みを入れると綾子は開き直って言った。
「大学時代の友人がグルメ揃いで社会人になってから定期的に食事会を開いていたの。その時にホテルや有名なお店に食べに行ってたのよ」
「なるほど、で、今もそのお友達とは交流あるの?」
「ううん、理人が亡くなってからはなんとなく疎遠になっちゃってる」
「勿体ないな―、気が合う友人だったんだろう?」
「うん。一番の親友は優美子っていう子で凄く仲が良かったの。でも理人が事故で亡くなった日、私は優美子の結婚式に出ていたのよ。それでなんとなく疎遠になってる。私は何も気にしていないのに優美子の方が辛かったんだと思うわ……」
軽い気持ちで不倫をした男女は大惨事を起こしただけでなく何の罪もない妻の友人関係をも壊してしまったのかと仁はやりきれない思いでいっぱいになる。
「その優美子さんは東京に住んでるのか?」
「うん。結婚と同時に代々木上原にマンションを買って住んでるわ」
「近いな……」
「?」
「綾子は結婚したら東京へ戻って来てまた交友関係を復活させた方がいいな。それに東京の方が何かと便利だろう? だから世田谷に来い」
「え?」
綾子はキョトンとする。
「今なんて?」
「だから俺と結婚したら東京で暮らそうって言ったんだよ。もちろん理人君の魂も一緒に連れて帰ろう」
「…………」
綾子はびっくりして何も言えなかった。まだ付き合い始めたばかりなのにいきなりプロポーズをされるなんて思ってもいなかったからだ。
「えっと……」
「Will you marry me?」
仁はそう言いながらリボンのついた小箱を取り出すと綾子の前に置く。
「!」
更に綾子は驚く。おそらくその小箱は指輪だろう。まさか指輪まで用意されているなんて思いもしなかった。
「綾子?」
「あの……まだ私の事よく知らないのにプロポーズなんてして大丈夫ですか?」
「うん、問題ないよ」
「で、でも、私変な癖とかあるかもしれませんよ? それに今は猫を被っていて本当は凄く性格が悪いかもしれないし」
「うん、それで? ブラック綾子もいるなら是非見せてくれー」
「あ、そう、結婚したら家事もしないでずーっと寝っ転がってダラダラしているかもしれないし」
「そりゃあ願ってもないな、だったら俺も綾子の横でダラダラするさー」
「……えっと、あとは……」
「もうネタ切れか?」
「…………」
「じゃあ俺からも言わせてくれ。俺は道の駅で君に会った瞬間君に惚れた。いわゆる一目惚れっていうやつだな。で、その後何度か会ってみて自分なりに判断した。これならイケるってね」
「イケる?」
「ああ、君との結婚生活を想像してみて問題ないと思った」
「そうなの?」
「ああ、だから今日プロポーズした。俺は一日も早く綾子と結婚したい」
「…………」
「本当にいいの? 私で?」
「うん、綾子がいいんだ」
「…………」
「指輪見たくない?」
「……見たい…かも……」
綾子の答えを聞き仁はニッコリする。
「開けてごらん。指輪を見たら現実味が湧くかもしれないよ」
綾子は上目遣いに仁を見る。すると仁はニッコリ微笑んで頷く。
綾子はおそるおそる小箱に触れるとリボンを解いた。
そして箱の中からリングケースを取り出すと蓋を開ける。
「うわぁ綺麗」
「どう? この指輪を着けてみたいと思わないか? この指輪を着けて一生俺の傍にいてくれないか?」
(一生…………)
綾子はその言葉に心惹かれる自分に気付く。
綾子はこの先一生一人で生きていくと思っていた。理人の思い出を抱え残りの長い人生をたった一人で生きていくのだとずっと思っていた。
それなのに今目の前にいる男性は綾子と一生を共にしてくれると言う。
その時綾子は長い長いトンネルをやっと抜け出せたような気がした。
手を繋いで一緒に歩いてくれる人が現れた。彼のまっすぐで誠実な言葉は綾子の孤独感をスーッと消してくれる。
そこで綾子は決心した。これからの人生をこの人と歩んで行こうと。
綾子は真っ直ぐに仁を見つめると小さく頷いてから言った。
「ふつつか者ですがよろしくお願いします」
綾子は仁に頭を下げる。
その瞬間仁はホッとして頬を緩めた。
「あー良かったー、断わられるかと思ってビクビクしちゃったぜー」
そんな仁の言葉に綾子がクスクスと笑う。
「よーし綾子左手を出せ」
「その言い方はロマンティックじゃないわ」
「お、そうか。ごめんごめん。じゃあ綾子ちゃーん左手出してみようーかー」
「それもなんか変です」
「チッ、じゃあもう何も言わねー」
仁は怒ったふりをしつつ嬉しさで顔面が崩壊している。
そしてリングケースから指輪を取り出すと綾子の薬指にしっかりとはめた。
「わ、ピッタリ」
「俺は『God』だからサイズなんてちょろいもんさ」
「嘘! この前さりげなく聞いてきたでしょう?」
「ちぇっ、バレてたか。でもよく似合ってるよ。この指輪は絶対外すなよなー」
「え? 工場では無理です。アクセサリー禁止だから」
「そうなのか? うーん、じゃあ仕事中は特別外してよろしい。それ以外はずっとはめる事」
「でも豪華過ぎて家事をする時にははめられないわ。パヴェダイヤもすごく繊細だし」
「ダーメ、家でもはめるの!」
「どうしても?」
「どうしても」
「わかったわ」
「素直でよろしい。で、いつ東京に戻って来る? いつ結婚してくれる?」
「ちょ、ちょっと待って。まだ全然実感わかないから」
「これから俺は毎日聞くぞ。いつ結婚してくれるかって」
「えー? あんまりしつこいのは嫌よ。私せかされるの嫌いだからあまりしつこいと婚約解消になっちゃうかも」
綾子はわざと大袈裟に言う。
「マジか? わ、わかったわかった急かさないから解消しないで」
「フフッ、どうかなー」
そこで今度は綾子が仁へのプレゼントを渡す。
「おー、ありがとう。開けるぞ?」
仁がリボンのついた包みを開けマフラーを見ると思わず叫ぶ。
「ほーっ綾子のセンスは俺好みだ。凄く素敵だよ、ありがとう。早速明日から使うぞ」
「スミマセン、なんかこんなので……」
綾子は自分がもらった指輪と比較して恐縮する。
「そんな事ないよ、嬉しいよ。今夜首に巻いて寝たいくらいだよ」
「巻いてもいいですよ」
「やだね、首に巻くなら綾子の腕の方がいい」
その意味に気付いて綾子が頬を染める。
仁は時々さり気なくこういった色気のある言葉を囁くので油断ならない。
仁はコーヒーを飲み干してから言った。
「そろそろ部屋に戻ろうか?」
「うん」
綾子はドキッとしたがもう既に覚悟は決めていた。
そして二人はレストランを後にして部屋へ戻った。
部屋へ入るなり綾子は仁に手を引かれベッドまで連れて行かれる。そして仁は綾子に唇を重ねるとそのままベッドへ押し倒した。
それからは仁の本領発揮だ。仁はあっという間に綾子の喘ぎ声を引き出していく。
しかし仁は突然手の動きを止めると立ち上がって窓辺のテーブルまで行く。そしてクマのぬいぐるみをくるりと向こうへ向けた。
「理人君にはちょっと刺激が強すぎるからな」
仁の言葉に綾子がクスッと笑う。
仁はすぐに綾子の元へ戻ると続きを始める。
オフホワイトのニットワンピ―スはあっという間に押し下げられ露わになった綾子の胸を仁が揉みしだく。
硬くツンと尖った蕾を舌で何度も刺激すると綾子は切ない声を漏らす。
歳の離れた仁の巧みなテクニックに綾子はすぐに溺れていく。
綾子は激しく喘ぎながら熱く疼く花びらをあっという間に愛の蜜で濡らしていく。
ずっと遠ざかっていた女としての感覚はあっという間に引き戻されていた。
綾子は今まで感じた事がないほどの激しい快感に戸惑いつつ大きな悦びの声を上げる。
素直に反応する綾子を見て仁は嬉しそうだ。
一方仁の方もこれまでに感じた事のない充足感を得ていた。
本当に愛する女を抱くとこうも素晴らしいものなのかと45年間生きてきて初めて知った。
それほど妖艶で感度のいい綾子の肢体は仁を狂わせるほどの魅力に溢れていた。
その夜綾子は尽きる事なく何度も仁に抱かれた。
互いの体力が限界を迎えるまで二人は身体を重ね続ける。
二人が漸く眠りに落ちる頃、東の空はうっすらと白み始めていた。
コメント
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今世紀最高のプロポーズ✨✨✨こんなにも自然で、楽しい、俺様で😭かっこよすぎです😭仁さん✨✨✨ 仁さんᐧଘ 🤍ଓ 綾子さんご婚約おめでとうございますᐧ˚₊*̥‧:゚ᐧ˚₊*̥‧🕊 𓂃𓈒 𓂂𓏸🤍
仁さん、クリスマスイブに ついに 綾子さんへプロポーズ✨⛄️🎄💖✨ 愛する女性の過去は気にしない。 理人くんのことも、彼女の過去も 全てを受け入れたうえで、一生側にいてほしい..と....😭✨💍✨ いつもオヤジギャグを連発し おどけているけれど、ふと見せる大人の余裕と優しさに キュンキュンさせられます🥺💘💘💘 綾子さん、仁さん、ご婚約おめでとう💍✨💐🎉 理人くん、ママが幸せそうで良かったね~🧸💕 末永くお幸せに....🍀
🐻さんは持って来てた🤣🤣🤣私の勘違いだったわ。それにしても仁さん大人の対応素敵,綾子さんの過去も未来も全て俺に任せろ!綾子さんも仁さんに全て任せて幸せ街道まっしぐらに進んでね。🐻さんは後ろ向きにねー,確かに刺激ありすぎる🤭🤭🤭