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エピローグ
第四話 変わり始めた世界の中で
「じゃあ俺たちも行くか!」
ダイチが馬に跨る。
そして当たり前のように手を差し出した。
「ほら」
ジントは涙を拭い、少し笑う。
その手を掴む。
引き上げられるようにして後ろへ乗る。
もう何度繰り返したかわからないやり取り。
自然過ぎて、今では言葉すらいらない。
「はっ!」
ダイチが手綱を引く。
馬は軽快に走り出した。
木々に囲まれた、平坦で穏やかな道が真っ直ぐ続いている。
熱くなった頬を撫でる冷たい風。
揺れる木漏れ日。
鳥達のさえずり。
別れの余韻に静かに浸りながら、心地良い空気を身体に感じる。
「ジント」
しばらく走ったところで、ダイチがイタズラっぽく笑いながら振り返った。
「ん?」
「……しっかり捕まっとれよ!」
「え?」
「はあっ!!」
次の瞬間、ダイチは馬の速度をぐんと上げた。
「ちょっ……!」
風が強くなる。
景色が流れる。
群青色の髪と淡い金色の髪が、大きく風になびいた。
ジントは慌ててダイチの腰へ腕を回す。
ぎゅっとしがみつく。
ダイチは楽しそうに笑った。
「やっぱジント、まだ怖いんやな!」
その言葉に、懐かしい記憶が蘇る。
幼い頃。
初めて馬へ乗せられた日。
同じようにからかわれて。
落ちそうになって、本気で怒ったこと。
思わず頬が緩む。
「もう!」
少しだけムッとしながら言う。
「ダイチ!子供みたいなことしないでよ!」
「ええやん!」
ダイチは全く反省していない。
「気持ちええし!」
そして、嬉しそうに笑う。
「こうしてジントがくっついてくれるし!」
それを聞いて
「ふっ……!」
思わず吹き出してしまう。
本当に変わらない。
ジントはダイチの腰へ回した腕に少しだけ力を込めた。
温かい背中に頬を寄せて、そっと目を閉じる。
ラディスへとはやる気持ちと、少しだけ甘い想いを乗せて、馬は森の中を颯爽と駆け抜ける。
それを遮るものは、もう何もなかった。
やがて夕闇が辺りを包み始める。
木々の間から差し込んでいた光も少しずつ薄れていく。
僅かに残るオレンジ色の夕日に照らされた森で、ダイチが辺りを見回した。
「今日はこの辺で野営せなあかんな」
適当な場所を探す。
馬を休ませる。
枝を集め、火を起こす。
湯を沸かし、簡単なスープを作る。
倒木を焚き火の傍へ運び、並んで腰掛ける。
しばらく二人とも何も話さなかった。
焚き火の炎をじっと見つめる。
この時期の夜の森は冷たい。
毛布を羽織り、温かなスープを飲む。
ふう、と自然に息が漏れた。
「二人きりの野営は久々やな」
ダイチが呟く。
「うん」
ジントも頷く。
「なんだか静かだね」
風が吹く。
木々が揺れる。
虫達の声。
焚き火が爆ぜる音。
それだけ。
月が木々の隙間から顔を覗かせる。
昨日より少しだけ欠けた月。
落ちる影は蠢くことなく、静かにそこに佇んでいるだけ。
何も恐れる必要のない夜。
こんな日が来るなんて。
旅を始めた頃は想像もできなかった。
ダイチが焚き火へ枝をくべる。
その時、ジントは彼の指先に小さな切り傷を見つけた。
そっとその手を取る。
そして、傷へ自分の手を重ねた。
淡い光。
けれど。
以前のような強い輝きはない。
「……傷、治るかな……」
ジントが目を伏せたまま小さく呟く。
ダイチも反対の手へ意識を集中する。
パチリ。
微かな青い電雷。
それだけだった。
ダイチは少し寂しそうに笑う。
「……そっか」
小さな声。
「もう必要ないんか……」
その言葉に、ジントは何も言えなかった。
月蝕の子も。
魔物も。
終わった。
だから、もうこの力達も役目を終えようとしている。
ダイチはジントの手を包み込んだ。
大きな、温かな手。
「もう俺は……」
優しい声だった。
「この力でジントを守ることはできんし……」
「魔物と闘うこともない」
焚き火の炎が揺れる。
「でも……」
青い瞳が真っ直ぐジントを見る。
その瞳は少しも揺らがない。
「俺はこれからも、何があってもジントを守る」
ジントの胸が熱くなる。
「ジントはこうして、俺の傍におってくれるだけでええんよ」
ジントは目を細めた。
そして小さく微笑む。
「うん」
静かな声。
「俺も」
ダイチの手を握り返す。
「傷を癒す力がなくなっても」
月光が二人を照らす。
「もうダイチが傷付くのは見たくないから」
少し照れながら。
でも真っ直ぐに。
「俺も、ダイチを守りたい」
ダイチは優しく笑った。
二人は肩を寄せる。
言葉はいらなかった。
魔法の力がなくなっても。
変わらない想い。
むしろ強くなった想い。
それを確かめ合うように、二人は静かに寄り添った。
眩い月明かり。
空に瞬く無数の星々。
赤く揺れる焚き火の炎。
光は、まだそこにあった。
月も、星も、炎の明かりも。
けれど世界は確かに変わり始めていた。
闇が還った今。
長い長い魔法の時代は、静かに終わりを迎えようとしていた。
コメント
3件
なんかこっちまで幸せになりますねぇ。世界が変わっても2人とも魔法が使えなくなっても2人の関係は変わらず仲良くいて欲しいですねꉂ🤭
comiさん、第38話「かわり始めた世界」、読み終えました。魔法の力が消えゆく中で「守る」という言葉が、力の有無じゃなくて変わらない想いそのものとして響いてきました。焚き火の前で傷を癒そうとして、もうほとんど力が使えないことに気づくあの静かな瞬間が、本当に切なくて、でもその後で「これからも守る」と言い切るダイチの台詞に胸が熱くなりました。ジントが「守りたい」と返すところも、対等な関係の強さを感じられてすごく良かったです。世界が変わっても、二人の在り方は変わらない──そんな温かい読後感でした。