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「なぁ」
男は、黒ずんだ東の空に眼差しを向けたまま、優子を呼んだ。
空が生まれ変わろうとしているように、ごく微量の太陽光が、姿を現そうとしている。
「あの光の先には…………何が……あるんだろうな」
夜明け直前の水平線の上に、細く引かれ始めた黄色いラインを見やりながら、拓人は投げやりに呟く。
「知らないわよ。自分で行って何があるか、確かめればいいじゃん」
適当な問いには適当な答えを、と彼女は思ったのか、面倒くさそうに言い捨てた。
打ち寄せる波の音だけが静かに響く中、男が呆れながら、ため息を短く吐き出す。
「あんた…………ホント、名前に似合わず、気が強いっていうか…………嫌な女だよな」
「名前負けしてるって言いたいの? 嫌な女で結構よっ」
「ベッドの上では、あんなに蕩けた顔をしながら喘ぐのにな?」
拓人は、砂浜に脚を投げ出している体勢から、立膝を突きながら髪を掻き上げると、優子の肩を抱き寄せた。
「ちょっ…………いきなり何!?」
「いや、マジな話…………あの光の果てに何があるか、俺と一緒に…………見に行ってみないか?」
鮮やかな色彩を帯びてきた光の線を凝視していた男が、不意に彼女と眼差しを絡ませ、顔を寄せる。
「ねぇ。冗談はやめてくれない?」
「マジな話って言ってるだろ?」
頭を引き寄せられ、顔を大きく傾けながら唇を塞いできた拓人に、優子の鼓動は大きく打ち鳴らされた。
男と出会ってから、初めて交わされた口付け。
それまで、身体をまぐわうだけの関係だったのに、唇を情熱的に貪る拓人に、胸の奥が握り潰された彼女。
(こんなキス…………初めてだよ……)
「あの暁光の最果てには…………幸せな未来があるといいよな?」
唇をそっと離し、口角を片側だけ器用に吊り上げながら、男性特有の色香をたっぷりと見せつけ、掠れた声音で囁く。
鋭い眼光に射抜かれながら、優子は無言で視線を交えると、拓人は濡れた唇を、なおも奪い続けた。
唇を焦らしながら離す男が、鼻先が触れ合いそうな距離で、彼女に吐息混じりの声音で囁く。
「…………なぁ。抱かせて」
長い指先が優子の顎に触れられると、拓人に、そっと唇を重ねられる。
少しずつ昇り始めた橙の太陽光が、砂浜で口付けを交わしている二人を、強く照らしていた。