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悪巧みがスタートした。
「……きたわよ」
「……そんな簡単に引っ掛かかりますかね?」
「大丈夫よ!そのための仕掛けでしょ!」
場所は屋敷の一回廊下。
内容と言ってもシンプルなものだ。
床をおもっきり綺麗に磨いて滑るようにしただけ。
もちろん少し脂も塗っているからよく滑る。
そんな廊下に一人、最近入ったばかりの新人の執事が白い雑巾を持って歩いている。
そんな犠牲者第一号を廊下の木陰に隠れて見守る。
新人執事は気づくそぶりすら見せず鼻歌を歌いながら歩いていた。
気が付かないのは理由がある。
朝日がのぼり窓から光りが差し込む。
本来なら綺麗に磨きすぎると光を反射してしまうが、ちょうど朝日に当たらない場所を器用に磨いていた。
また、罠を仕掛けた廊下に近づくと朝日が差し込み視界がさらに悪くなる。
結果、違和感に気がつくことができないのだ。
「う、うわ!」
ーーツル、ツルツルツル!
「お、上手く耐えているわね」
「すごいバランス力ですね」
驚いて声を上げた新人執事はツルツル滑る床を生まれたての子鹿のように立っていた。
怪我の心配は大丈夫だ。
カンタール侯爵家の執事は格闘技も習わせている。
咄嗟の時に何があっても大丈夫なように。
つまり、転んでも受け身を取ることができる。
それを考慮しての罠だったりする。
「うわぁぁ!……いつつ」
ーードスーン
だが、ついに耐えられなくなり倒れる。
上手く受け身を取っていたので、怪我はないようだ。
内心ガッツポーズをする。
「おいおい、大丈夫かよ」
「いや、先輩来ない方がーー」
ーーツルン
続いていた心配して近づいていた先輩執事もツルッと滑る。
その後も
ーーツルン
「うひゃぁ!」
ーーツルツルン!
「キャ!」
後に続くように滑り転び続ける。
「この床だけおかしくないか?」
「そ、そうですね。なんでこんな磨かれて」
まぁ、そりゃすぐ気づくよな。
「さ、次行くわよ!」
「……はいはい」
気づかれるとわかるとすぐに移動を開始した。
続いて移ったのは厨房である。
今は早朝6時。
厨房で料理が始まる時間だ。
ここで仕掛けたことは、至ってシンプル。
取りずらい調理器具というもの。
調理器具にいくつか粘着性の低い接着剤をつけたり、滑るようにバターを塗ったりして取りづらくしたものだ。
俺とアイリス様は今度は厨房の中が見える窓から眺めている。
料理人は10人くらい。
新人からベテランまでいる。
しばらく眺めていると一人の料理人がかき混ぜる用のオタマを取ろうとして落とした。
「あ、あれ?」
「気をつけろよ」
「あはは、すまんすまん」
ちょっとした嫌がらせ。
一度取ろうとして、ツルん、と滑って落としてにしまった。
今も他の料理人が小馬鹿にして笑っている。
他のところでは調味料を取ろうとしてーー。
「あ、あれ?取れん……お、取れた」
少し力を入れて取っていた。
取るには少し力を入れる必要があり、いつも通りの力加減で取ろうとしたら動かないんだ。
そんな、ぎこちない姿を見て俺はーー。
「あの、これなんか意味あるんですか?反応が微妙なんですが」
「バカね。意図して取りずらいように工夫を凝らすことに意味あるのよ」
「はぁ」
「考えてもみなさい?あの人たちはいつもとぎこちない動きをしても、まぁいいかと思う」
「地味では?」
「その地味さがいいのよ。自分たちが意図して違和感を引き起こす。みていて面白くない?」
「……確かに」
まぁ、考えてみれば面白いか?
先ほどみたいなダイナミックな動きはないものの、地味にツボる。
取ろうとして落としたら俺たちが仕掛けたこと。
小さい嫌がらせだが、俺たちがやったとバレるかバレないかの瀬戸際だし。
「さ、飽きたわ次行きましょう」
「え?もういいんですか?」
「これって見ていて面白いのは初めの数分なのよね」
「……えぇ」
「さ!次は食堂行くわよ!」
「あ、はい」
あきっぽいなぁ。
先ほどから迷惑はかかるが自分だと特定されないように立ち回っているし。
これも成長かぁ。
俺仕掛けたやつ、偽装完璧だけどそこまで配慮してなかったわ。
「……うふふ。ロシアンスープよ……どんな反応見せるかしら」
「……また、激辛ですか。これ、絶対バレますよ」
続いて移動したのは厨房近くの食堂。
歩けばすぐたどり着き、俺とアイリス様は部屋の端から様子を窺っている。
「当たった人は特別賞与を予定してるわ」
「へ、へぇ」
「引っかかった人いたらすぐいたらネタバレ言くわよ。私たちは楽しめる、引き当てた人は賞与がもらえる。ウィンウィンよ!」
「……そんなもんですかねぇ。でも、どうやって仕掛けたんです?うちの使用人用の食堂って自分でとるんで、仕掛けるのは無理では?」
「だから、器に仕掛けたのよ」
ふぁ?
とりあえず説明を聞いたら。
よそるお椀にランダムに一つ激辛ソースを塗りこんだらしい。
「これはクラウスにも使ったやつ……あ、もちろん衛生面は考慮してるから大丈夫よ!」
いや、どこから出したんですかそんなの。誰に説明してんですか全く。
そんなこんなで進めること俺たちは様子を窺う。
そこでふと気になることができる。
「ちなみにアイリス様はどのお椀に塗ったかわかるのですか?」
「わからないわ。当たってからのお楽しみよ!だから反応を見逃さずにね!」
「は、はぁ」
どこまで楽しんでんだか。
そんなこんなで誰が引き当てるのか待機する。
「なかなか反応する人いないですね」
「……おかしいわね」
「……あ、マリカさん」
「本当ね」
待つこと20分今だに引き当てた不幸者ーー考え方によっては幸運ーーはいなかった。
そんな中、目に映ったのはマリカさんだった。
朝食を食べにいたのかな。
「ご機嫌ですね、マリカさん」
「シチューはマリカの好物だもの」
「なるほど、わかりやすい」
追記説明を受け納得した。
そのまま他に視線を回しつつマリカさんの様子を窺う。
マリカさんはシチューをお椀に盛ると目を輝かせていた。
意外な発見だ。
好物であんなにも笑うのか。
「……」
「あれ、アイリス様どうしたんですか?顔少し青いですよ?」
「……なんでもないわ」
「発見したんですか?」
ふと隣のアイリス様がマリカさんが来た時から無言で見つめていることに気がついた。
「……ちょっと言ってくるわ」
「どうしたんですかもう」
「マリカに当たる可能性ないわよね?」
「それは知りません、運によります」
「……ちょっと止めてくるわね」
アイリス様は立ち上がるとそそくさと移動する。
だが、マリカさんはいつの間にか席につき食べ始めようとしている。
状況が飲み込めないが、マリカさんに当たったらダメらしい。
だが、アイリス様は俺と少し話をしたこと、マリカさんの移動速度が思いの外早かったこと、アイリス様の決断が遅かったことが原因でマリカさんはそのシチューを口にしてしまった。
「あーー」
「……あれ、クラウスとお過ごしと聞いておりましたが、お嬢様こんなところで何されているのですか?」
だが、運良く大丈夫だったらしい。
姿くらましていたことがバレてしまった。
でも、普通に美味しそうに食べていた姿を見たアイリス様は安堵していた。
「いえ、なんでもないわ。偶々通りかかったから声をかけにいただけよ。食事中にごめんなさいね」
「いえいえ、よかったらお嬢様も一緒に食べたらどうです?美味しいですよ?」
「そ、そう。ならそうさせてもらおうかしらね」
苦し紛れの言い訳ではあったが、誤魔化せたらしい。
「待っててください、ご用意しますね」
「いえ、自分でやるわ」
「すぐですので大丈夫です」
普通貴族と平民は食卓を囲うことはない。
ましてや主人と従者が共にするなど。
でも、カンタール侯爵家はその辺の壁がフランクだ。
だから、使用人用の食堂で食べたって問題ないのだ。てか、むかしアイリス様もここで食べていた。
高級料理に飽きたとか。ここの料理の方が美味しいとか。
なんとも贅沢なわがままだと思ったが、アイリス様の味覚は平民よりらしい。
アイリス様はマリカさんが用意した料理を口にしようとする。
「このシチューとても美味しいですよ!お嬢様もぜひ!」
「ええ。そうね」
アイリス様はなぜこんなにも安堵しているのだろう。
あと、マリカさん本当にシチュー好きなんですね。
あれ、そういえばアイリス様は激辛ソースのことを覚えているのだろうか?
まぁ、自分で仕掛けたんだし、見破られて当然か。
……だがその推察とは裏腹にーー。
「ヴェ?!」
「お嬢様!」
ーーアイリス様はシチューを口にした瞬間乙女らしからぬ声をだす。
マリカさんは慌ててすぐに水の入ったコップを渡した。
「ヴァ…ケホ、ケホ」
「だ、大丈夫ですかお嬢様?」
……いや、自分で引き当てるんかい。
最後まで詰め甘すぎだろ
「ぐ……うはははは!」
「クラウスあなたもいたの!何笑っているの!」
ついつい我慢ができずゲラゲラと笑ってしまう。
マリカさんに咎められたり、今だに顔を真っ赤にして咳き込んでいるアイリス様に睨まれるが、それでも俺はやめられなかった。
目の前の光景が面白いのだが、何より嬉しさが込み上げているから自然と頬が緩む。
ーー俺はアイリス様が好きなんだ。
こんな馬鹿騒ぎをして、ようやく自覚できた。こんな日常を過ごすことを俺は心から望んでいた。
一緒にいて、馬鹿騒ぎできるあの人と。
マリカさんが言ったことをやっと理解できた。俺はそれを認めたくなくなかったんだと。
立場が違うから。自分じゃアイリス様と釣り合わない、旦那様から許可が降りるわけがない。
認めてしまっては本気で好きになってしまう。
王子関連の件も距離をあけたかったから気付かないように自分を言い聞かせていたのかもしれない。
要は逃げ続けていたんだ。
ここまで過ごしてようやく理解できた。俺は本当に鈍感らしい。
「はははは!」
ああ、ダメだ、腹が捩れんばかりに痛い。
「クラウス……あなた」
「……すいませ……あははは!」
「人の不幸を笑うのは最低よ!」
「それをあなたが言いますか!……フハハ!」
先程まで笑って楽しんでいたくせに。
そこまでいえなかった。
自業自得、そのせいで注目を集めてしまっている。
……でも、今なら伝えられるかもしれない。この気持ちを。
笑いが落ち着き大きく深呼吸する。
そうしてアイリス様に微笑むとそっぽを向いていた。
どうやら相当お怒りのようだった。
俺はそんなアイリス様に対して率直で気持ちを伝えようとする。
「アイリス様は俺ーー」
「人の不幸がそんなに面白いかクラウス?」
だが、その刹那背後から貫禄あるテナーボイス聞こえた。
そのトーンはどこか冷たく怒り表していた。その声に俺は冷や汗をかき本能的に後ろを振り向きたくなかった。
「あら、ギランじゃない。いつ来たの?」
その名を聞き俺は瞬時に振り返り、白髪の還暦間近の凛々しい顔立ちの男性、ギランさんに笑みを作る。
「お久しぶりですギランさん……」
「これはお嬢様、お加減の方はよろしいようで何よりです」
「これはありがと。それで、なぜいるの?」
俺の挨拶無視かよ。
視線も合わせてくれない。
でも、わからない。何故こんなに怒っているんだ?
「旦那様の命で参上しました」
「ああ、お父様から」
「到着早々申し訳ありませんが、おひとつ聞いてもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうしたの?」
ああ、旦那様の手紙にそんなこと書かれてたなぁ。
ギランさんは旦那様の直属従者で腹心で、有能、カンタール侯爵家使用人の長でもある。
そんな肩がなぜこんなにもキレているのだろう。それに旦那様の元を離れるなんて珍しい。
アイリス様に質問ってなんだろうか。
「屋敷の玄関口に偽装された落とし穴がありましたが、アイリス様が作られたのですか?」
……忘れてた。
ま、まさか!
不意に嫌な予感がしてギランさんの足元を見ると……綺麗に整えられていたはずのズボンと靴に泥がついていた。
あ、やべ、これ詰んでるわ。
いや待てよ、まだ俺が作ったとわかっていない。ふと、アイリス様に視線を送ると俺と目があう。
助けてくださいという意味を込めて視線を送ると……縦に小さく頷く。
ああ、俺を助けてくれるのか。
アイリス様は優しいなぁ!
だが、アイリス様は俺の安心し切った顔を見て……フッと鼻で笑われる。
なんか嫌な予感する。
「作ったのはクラウスよ。ふん!」
「お嬢様にクラウスさんが見落とすような偽装はできませんよ。そこまで器用じゃないですし」
あげて落とされた。相当根に持ってやがる。
しかもマリカさんからも追撃を喰らう。
ギギギ、と壊れたブリキ人形のようにゆっくりと視線を上げる。
「いい度胸だなクラウス」
「ち、違うんです!」
「言い訳はいい、まずはこっちに来い」
口答えは許してもらえないらしい。
首根っこ掴まれて連行された。
床を引き攣られているなか、ふとアイリス様とマリカさんのいる方向から笑い声が聞こえた。
視線を向けると案の定笑っていた。
周囲を見ると他の使用人の人たちも温かい目で見守られていた。なんか、思い出に浸っているし。
こんな光景確かに久々だけども!
俺だけ笑えないこの状況、さて今回はどんなことやらされるのかな?
閉じ込められるか、屋敷中のトイレ掃除をやらされるのかな?
過去に言い渡された罰を走馬灯のように思い馳せていると連れられたのは……なぜか旦那様の執務室であった。
入ると広い部屋にびっしりと書類の山が置かれていた。
中央の腰よりしたの低いテーブルに部屋の奥には机。
「クラウス、書類整理をするから手伝え?いいな?」
「……はい」
物言わせぬ威圧。
断れねぇよ。こんなの。
せっかくの休みもこれでおじゃんになりそうである。アイリス様もそうだが、俺も似たようなものだった。
……詰めが甘いと。
後で判明した話だが、アイリス様がマリカさんがシチューを食べるときに慌てていたのは一度同じような悪戯を仕掛けてものすごく怒られた経験かららしい。
触れてはいけない琴線だったとのこと。
なら、またやるなと言いたいが急に思い出したとのことだ。
本当に俺とアイリス様は似ているんだなぁ。