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闇を吸い取ったかのような暗がりも今は格段輝いて見えた。
足元を、照らすたいまつが、特別明るいわけでもないのにと、グソンはほくそ笑む。
廊下は、女官長の私室から、いつもどおりに細く伸びていた。
そして……。それは治朝《ちちょう》へと続く。
グソンは胸を躍らせていた。
今歩む道こそが、自分の栄華なのだと。
――囲う緋色の壁が消えた。
後宮は、他の朝《ちょう》と壁で仕切られ、出入り口には、警備の兵が詰めている。
だが、さすが夜更けともなれば、兵は睡魔に負けて崩れこんでいた。
グソンは、見下すように目をやった。
兵は、物音にぴくりと体を動かすが、薄目がちに黒衣を認めると、黙って目を閉じた。
見て見ぬふりも、後宮の警備には必要だった……。
グソンのように、特別な責務を強いられた宦官が出入りするからだ。
先に見える回廊で、たいまつの明かりが、閉ざす大きな扉を照らしている。
扉は、後宮と表方とを隔てるもの。
このまま歩めば、治朝へ着く。だが、グソンはまだ先――、扉の向こうへの立ち入りを許されていない。
(……このままでは、終わらない。終わってなるものか……。)
先ほどの、蜜蝋の香りが思い出された。
じっと、扉を見る――。
口惜しい思いをしながらグソンは、脇に伸びる通路へ足を向けた。
住居へつながる扉を押し開けると、気の早い夏虫の鳴が流れてきた。
宦官は、宮殿外に住居をもってはならない。内の細かな事情に通じているからで、もし外の世界に漏れてしまえば、騒ぎへつながる。
そのため、彼らは後宮の手前に隔離されるように住まわされていた。
「グソン様。かの将から使《つかい》がきましたよ」
我が家に足を踏み入れたとたん、軽やかな声がグソンの耳をつく。
「で、なんと?」
「さぁ。文を置いていきましたが、とりあえず、急な務めで抜け出せないと言っておきました。それで、よかったでしょうか?」
「ああ、いいよ。お前はやっぱり賢いな」
少年らしい、細くしなやかな指が、グソンの腰にまとわりつく。
数々の浮き名を流しているグソンが息をつけるのも、指の主、見習いの少年リンがいるからこそ――。
中堅どころの宦官になると、宦官見習いを自分の世話係として使えさせることができた。
毎年、欲に駆られた親達が、わが子を宮使いにさせるべく、宮殿へ送り込こむ。
そして……。
大人の都合で、少年達は性を奪われた。
地獄の炎で焼かれるような苦しみの後、生と死の間をさまよい……栄華を目指す……。
悠久の昔は、宮刑として存在した去勢という行為も、今では立身出世の道具になっていた……。