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大会直前の競技場。
城外では祭りの喧騒が渦巻いていたが、
その内側だけは別世界のような空気に包まれていた。
張り詰めた沈黙。
並ぶ弓。
整列する騎士たち。
乾いた革手袋を握り直す音だけが、かすかに響く。
そこへ、
ゆっくりと一団が現れた。
先頭を歩くのは、
王妃エレノア。
その半歩後ろに、
白髪の老騎士が静かに続いていた。
ざわめきが広がる。
「……あれは」
「まさか」
「ウィリアム・マーシャル卿……?」
若い騎士たちの顔色が変わった。
道が自然に開いていく。
その名は、
騎士なら誰もが知っている。
歴代全ての王に仕え、
幾度も戦場を渡り歩いた伝説。
“最後の真なる騎士”。
若い騎士の一人が、
思わず前へ出た。
「お願いです!」
「ぜひ、一射を!」
周囲も一斉にどよめく。
「見たい……!」
「本物のマーシャル卿の弓を……!」
老騎士は困ったように眉を下げた。
「いや、今回の主役は皆さんですから」
だがその横で、
エレノアが愉快そうに笑った。
「たまには見せておやり」
「若者たちのためにもね」
観客席から歓声が上がる。
マーシャルは小さくため息をついた。
「……王妃には逆らえませんな」
差し出された弓を受け取る。
古びた手袋。
節くれ立った指。
老騎士は静かに的を見る。
その姿に、
若い騎士たちは戸惑った。
――老人だ。
――本当に撃てるのか。
そんな空気すら漂う。
だが次の瞬間、
空気が変わった。
マーシャルの背筋が伸びる。
まるで、
長い年月が一瞬だけ剥がれ落ちたようだった。
静寂。
弓が引き絞られる。
そして――
放たれた矢が、
風を裂いた。
鋭く。
まっすぐに。
どんっ――!
矢は的の中心へ深々と突き刺さった。
完璧な一射。
誰も声を出せなかった。
若い騎士たちは、
ただ呆然と立ち尽くす。
マーシャルは何事もなかったように弓を返した。
「弓は」
「力ではなく、心で引くものです」
静寂。
そして次の瞬間――
会場が爆発した。
「ありがとうございます」
「うおおおおおおお!!」
「マーシャル卿!!」
「すげえ!!」
「本物だ……!」
歓声は競技場全体を揺らし、
城外の祭りの熱気すら飲み込んでいった。
その様子を見ながら、
エレノアは満足そうに目を細める。
「まだまだ」
「騎士の時代も捨てたものじゃないねえ」
王妃は視線を貴賓席に目をやる
ノッテンガム卿とヘレフォード司教が
そろって王妃を待っていた
「いい弓だなあ」
待機場の隅。
ざわめきから少し離れた場所で、
体格のいい男が声をかけた。
選手登録名――“マーリン”
振り返ったのは、
腰の曲がった老人だった。
白髪。
震える手。
杖代わりの弓。
登録名は――“アーサー”。
老人はしわだらけの顔をほころばせた。
「そちらの弓こそですじゃ」
マーリンは笑った。
その時、
遠くで歓声が上がる。
ウィリアム・マーシャルの一射だった。
待機場の空気がどよめく。
若い騎士たちが色めき立つ中、
マーリンだけが小さく口笛を吹いた。
「ありゃ化け物だな」
マーリンは、
どこか懐かしそうに目を細める。
「軍師様、これは……」
「すごい殺気だ。これは代官を見誤ったか」
サイラスはゆっくりと目を細めた。
肌を刺すような圧。
戦場で幾度も感じた、“死の気配”に近いものが、
会場全体を覆っていた。
「ユンナ。この殺気がロビンに向かったら――」
「守り切れるかい?」
ユンナは観客席を見回しながら、小さく息を呑む。
「……難しいかも」
その声には珍しく緊張が滲んでいた。
サイラスは静かに頷く。
「ジョン」
「ロビンから目を離さないで」
「わかったんだなー」
リトル・ジョンは飄々と返事をしながらも、
その手はすでに棍棒へ伸びていた。
一方――
会場警備のため詰めていたガイ・ギルフォードも、
その異様な空気に気づいた。
「……なんだこれは」
ざわめく観客。
浮かれる貴族たち。
だが、その下に、
獣が牙を剥く直前のような緊張が潜んでいる。
ガイは眉をひそめた。
「どこだ」
「この殺気の中心は――」
視線を巡らせる。
そして止まった。
貴賓席。
豪奢な椅子に腰掛け、
優雅に貴族たちと談笑する一人の女。
王妃。
笑っている。
だが周囲の大貴族たちは、
まるで猛獣の機嫌を窺うように、
慎重に言葉を選んでいた。
その瞬間。
ガイはすべてを理解した。
額に嫌な汗が流れる。
「あの間抜けめ……」
「何が“貴族がひれ伏する”だ」
小さく吐き捨てる。
「巻き添えはごめんだぜ」
そして、苦々しく呟いた。
「お前、でっけえ虎の尾、踏んでるんじゃねーのか……」
王妃の開会宣言とともに、
ノッテンガムの弓大会は幕を開けた。
歓声。
ラッパの音。
旗が風にはためき、
観客席は熱狂に包まれる。
王国中から集まった弓兵たちが並ぶ中、
ひときわ大きな歓声を浴びていた男がいた。
森の保安官――ガイ・ギルフォード。
地元では知らぬ者のいない弓の名手であり、
大会賭博の倍率も、ほとんど彼に集中していた。
「ガイに銀貨十枚だ!」
「いや今年も騎士団が勝つ!」
「王妃御前だぞ、外すわけがねえ!」
熱気は酒場の喧騒のようだった。
その様子を、
貴賓席から王妃エレノアは静かに眺めていた。
隣にはノッテンガム卿。
周囲には大貴族たちが控えている。
「あの者は私の部下でして」
ノッテンガム卿が、
どこか誇らしげに言った。
「ああ、あれかい」
エレノアは扇を揺らしながら、
興味深そうにガイを見る。
「ずいぶん人気じゃないか」
「はっ。腕は確かですので」
ノッテンガムは胸を張った。
だが王妃は、
そのまま不意に別の話を口にした。
「それはそうと――」
空気がわずかに変わる。
「王家の森に住みついているという盗賊は」
「どうなったんだい?」
ノッテンガムの表情が固まった。
「それは……現在、捜索を進めております」
言葉が鈍る。
ほんの一瞬。
だが王妃は見逃さなかった。
「ふぅん」
エレノアは小さく笑う。
責めるでもない。
怒るでもない。
ただ、試すような目だった。
「まあ、いいよ」
扇を閉じる。
「お前たちの忠誠は疑ってはいないさ」
その言葉に、
周囲の貴族たちは一斉に頭を下げた。
だが次の一言で、
ノッテンガムの背筋に冷たい汗が流れる。
「でもねえ――」
王妃は観客席を眺めながら、
どこか楽しそうに微笑んだ。
「一目見てみたいものだねえ」
次々と挑戦者が脱落するなかで
最後に残ったのは、
三人。
ノッテンガムの森を知り尽くす保安官、
地元最強の弓手――ガイ・ギルフォード。
巨大な長弓を軽々と引き絞る、
筋骨隆々の男――“マーリン”。
そしてもう一人。
杖をつき、
腰を曲げた、
白髪の老人――“アーサー”。
その名が呼ばれるたび、
観客席からは失笑が漏れた。
「なんだあの爺さんは」
「途中でくたばるんじゃないのか?」
「よく決勝まで残ったな」
だが、
老人は何も言わない。
ただ静かに弓を抱えていた。
一方、
“マーリン”の名で出場している大男は、
老人を見て小さく笑っていた。
――やっぱり来たか。
その目だけが鋭い。
貴賓席では、
エレノア王妃が興味深そうに目を細める。
「たくましくなって……」
周囲の貴族たちもざわめいていた。
誰もがガイ本命。
対抗は怪力のマーリン。
老人アーサーなど、
余興程度にしか思っていない。
ただ一人を除いて。
だが、
サイラスだけは違った。
観客席の端で、
静かに額を押さえる。
(ロビン、勝て!勝って王妃の前に立て!)
ユンナが小声で聞き返す。
「軍師様?」
サイラスは乾いた笑みを浮かべた。
競技場にラッパの音が鳴り響く。
決勝戦開始。
熱狂が、
渦のように会場を包み込んだ。
コメント
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第12話、読み終わったよ…っ! ウィリアム・マーシャル卿の一射、めっちゃ痺れた。「力じゃなく心で引く」って台詞が重みありすぎて何度も反芻しちゃった。王妃エレノア、やっぱり只者じゃないね…笑顔の裏の殺気が怖いし、虎の尾って比喩がぴったり。 それに、あの老人アーサーって誰なんだろう?みんな笑ってるけど、マーリンとサイラスの反応が気になりすぎる。ロビンが決勝に残ってるってことは、次が本当の勝負だ…ドキドキしながら待ってる!🏹