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創部記念パーティは、顧問の茅場先生の挨拶から始まり、OBOG会の会長の挨拶、現役生の部長の挨拶へと進み、歓談の時間となった。
怜は会場の隅から奏の様子を見ているが、その間にも、彼に挨拶してくる現役生やOBOGが途絶えない。
奏も、同期生や先輩、後輩たちとおしゃべりをしながら会場を回り、しばしの間、あの失恋の痛手を忘れる事ができた。
「それではここで、現役生による演奏をお聴き頂きます。先ほど四十回目の定演を終えたばかりの現役生の皆さんに、大きな拍手をお願いします」
割れんばかりの拍手に包まれる中、宴会場に設営されたステージの上で、現役生が楽器のセッティングを素早く行なった後、学生指揮者がタクトを振り始めた。
現役生が演奏しているのは、定演でも演奏したT-SQUAREの『オーメンズオブラブ』『宝島』『イッツマジック』『トゥルース』の四曲。
卒業生たちは懐かしいのか、身体を揺らしながらリズムを取ったり、自分の演奏していたパートの部分を口ずさんだり、中には拳を上げてノリに乗っている諸先輩方もいた。
奏も身体を揺らしながら演奏に聴き入っていると、背後からポンと肩を叩かれた。
「奏」
十年振りに間近で聞くその声に、背中がゾワゾワと凍りついていくのを感じながら、奏は、おずおずと後ろを振り返る。
「な……中野セン……パ……イ」
「久しぶりだな」
いつしか奏の背後に忍び寄っていた、このパーティの司会進行役を務めている男。
何かを企んでいるような不敵な笑いに、奏の表情が恐怖で引き攣る。
「ご無沙汰……して……ま……す」
「高校生だった頃のお前は可愛かったけど……今のお前は女の色気が溢れ出て……綺麗になったじゃねぇか」
「…………」
奏は、すぐにこの場から立ち去りたかったが、恐怖で足元が竦み、動けない。
粘り気のある泥沼に足が埋まったように、そこから一歩抜け出せずにいる。
宴会場の中に流れていた現役生の演奏と、歓談している人たちの喧騒が徐々にフェードアウトしていき、無音の世界に放り投げ出されたような錯覚に陥る奏。
黙ったままの彼女に、尚も中野は話しかける。
「何だよ。十年振りに会ったっていうのに……随分つれないな、お前」
(本命の彼女がいるのにも関わらず、二股掛けて私の純潔を無理矢理奪った事は、この男の中では『無かった事』になっているのか……)
奏の中では、目の前の男にされた仕打ちは、一生付き纏う事と言っても過言ではない。
それなのに、平然と彼女に声を掛けてくる中野の無神経さに、奏は苛立ちを覚えた。
「すみません。私から特に話す事はないので、これで失礼します」
恐怖の色を隠しながら中野の横を通り過ぎ、会場の外へ出ようと歩き出した時だった。
「おい奏。待てよ」
低くて野太い声が奏を呼び止め、細い手首を掴まれる。
奏が掴まれた手首を見やると、ゴツゴツとした中野の左手の薬指には指輪が光っている。
半ば指に食い込むように嵌められた結婚指輪を見た瞬間、彼女は吐き気を催した。
(コイツ……結婚した……のか……)
奏は、中野が十年前と変わらず、強引な性格にウンザリしながら手首を振り解こうとするが、男の手が更に強く、奏の手首を握り締める。
「パーティが終わったらお前に話がある。逃げんなよ?」
奏はキッと顔を上げ、中野を睨みつけた。
彼女の視界のどこかから、別の眼差しが奏へ送られている事に気付くが、そちらへ向けている余裕すらない。
「先ほど言いましたよね? 私から話す事は特にない、と」
気丈に振る舞いながらも奏は言い返すと、中野はヘラリと下衆に笑う。
「お前、こんなに気の強い女だったか? まぁいいや。気の強い女、嫌いじゃねぇし」
中野の放った言葉に、奏はキレそうになるが、ここは耐える事にする。
(私を『気の強い女』にさせた張本人は……アンタでしょ?)
「とにかく、だ。パーティ終わってもすぐに帰んなよ? 分かったな?」
いやらしい笑いを見せる中野の手を振り切り、奏は、そそくさと宴会場から飛び出した。