その日の午後仁は馴染みの出版社にいた。
新刊の装丁をチェックしてくれと担当の長瀬(ながせ)に言われていたので顔を出した。
「あ、神楽坂さんお忙しいのにスミマセン」
「どうも、表紙出来たって?」
「はい、今持ってきますね」
仁が椅子に座ると女性社員がコーヒーを持って来てくれる。
「先生お久しぶりです」
「恵美ちゃん元気―?」
「はい、もう先生のドラマハマりまくってますよー」
「そっかそっかありがとう。あのドラマは君達世代にウケがいいみたいだなー」
「そうです、やっぱり私世代はオフィスラブ系に弱いですからねー。友人もみんな観ていますよ」
「有難いなー、でもアレだろう? 松崎隼人のドラマの方がお洒落でいいっていう子もいるんじゃないの?」
「あー松崎隼人ですか? 私の友達は皆ボロクソに言ってますよ。広告代理店が無理やり推しているだけでつまんないよねーって。なんかあの界隈って無理して流行を作り出そうとしていません?」
「なるほどなー言われてみればそうかもしれないねーさすが恵美ちゃん鋭いね! あ、そうだ、これみんなで食べて」
「キャッ先生今日もスイーツ買って来てくれたんですかー? ありがとうございまーす。みんな喜びます」
恵美は嬉しそうに袋を受け取ると一礼してその場を後にした。
恵美と入れ替わりに長瀬が新刊の見本を持って戻ってきた。仁は飲んでいたコーヒーを置くと早速チェックする。
「このブルーの装丁なかなかいいねぇ」
「先生のアドバイス通り新進気鋭の若手イラストレーターを起用してみて良かったですよ」
「うん、若い人をどんどん使った方がいいよ。才能あるのに大御所の陰に埋もれちゃ可哀想だからさ」
「さすが先生、ちゃんと若い世代の事まで考えてますね」
「当たり前よー、老害がいつまでも出しゃばる世の中じゃ日本は駄目になっちまうぜ」
「ハハッ、先生が選挙に出てくれればいいのになー是非立候補して下さいよ」
「それは無理だな、俺は面倒くせぇのは大嫌いだからな」
「何を言ってるんですか、あんなに複雑なミステリーを書いてよく言いますよー」
長瀬は声を出して笑った。
「じゃあこれで進めてくれる?」
「承知しました」
「あ、あとさ、悪いんだけどコレ送っといてくれる?」
仁は紙袋から本を20冊ほど取り出した。
「本……をですか? どこへ?」
「軽井沢町立図書館に頼むよ。寄贈っていうのかな? 俺が送ってもいいんだけれど住所がバレちまう」
「わかりました。でも珍しいですね、本を寄贈なんて。それも軽井沢?」
「うん、なんか軽井沢にいるファンが『フロストフラワー』を読みたいのにどこにもないってぼやいてたらしいんだ」
「へぇー、あ、でも確かに『フロストフラワー』結構読みたがっているファン多いんですよね。うちにも何度か問い合わせがありました。絶版でどこにもないからもう一度刷ってくれって」
「そうなの? 割と地味な作品なんだけどなー」
「あの頃の先生の作品が好きなファンって結構多いですよ」
「そう?」
「はい、昔からのファンには特に人気です」
長瀬はそう言って大きく頷いた。
その後仁は次の新作の進捗状況を長瀬に説明してから出版社を後にした。
電車で馴染みの街まで移動し美容院に寄る。その後本屋に立ち寄ってから日本料理の店へ向かった。
今日は友人の作家・香坂アクト(こうさかあくと)と食事をする約束をしていた。
仁が店に入ると既にアクトは来ていた。アクトは半個室のテーブル席に座っている。
アクトは仁と同じでかなりのイケメンだったが仁とは正反対の優男だ。アクトが書いている小説のジャンルはSFで作品の一部は既にアニメ化されている。二人は見た目も小説のジャンルも全く違ったがどちらも引く手あまたの独身大人気作家だった。
「よっ、遅くなってごめん」
「いや、俺も今来たとこ。久しぶりだな、二ヶ月ぶりか?」
「だな」
そこで二人はとりあえずビールと料理を頼む。ビールが来たところで乾杯した。
「最近はどう? なんか変わった事あった?」
アクトが仁に聞いた。
「うーん特には……いや、あったか」
「なんだよ、ドラマ関係?」
「うん、まーそうかな。次のドラマの依頼が来てさ、それが『ユー・ガット・メール』なんだよ」
「メグ・ライアン?」
「さすが、よく知ってんな」
「ラブストーリーの王道だろう?」
「そうだけどなんでお前がラブストーリーに詳しい訳?」
「俺SF作家になる前は恋愛モノを少し書いてたんだよ。で当時勉強の為に恋愛映画観まくった」
プハッ
仁はビールを吹きそうになる。
「マジか?」
「そうだよ。だから今お前が恋愛ドラマ作ってるの羨ましくってしょうがねーよ」
「恋愛ドラマやりたいなら悦子に言ってやろうか? 香坂アクトが書いてくれるって知ったら泣いて喜ぶぞ」
「いや、やめておくよ。実は若い頃恋愛小説コンテストに出しまくって全部玉砕したんだ。で、俺には向いてねーって思った」
「ハハッ、そうか。まあお前はアニメ化で成功してるからいいよなー。アニメは商品化権があるからヒットしたらウホウホだしし」
「うん、まあそういう事だ。で、そのメグ・ライアンがどうしたって?」
「メールで出会うラブストーリーを書けって。出会いの設定がメールフレンドだ」
「それってマッチングアプリって事?」
「違う。あくまでも『メールフレンド』。まあ『文通』みたいな純粋なものにしたいらしい」
「なるほど、つまり出会いを求めていない文通のようなメールのやり取りから始めろってか?」
「そう」
「で? 書けそう?」
「それがさぁ、お前【月夜のおしゃべり】って知ってる?」
「知ってる知ってる」
「え? なんでお前知ってるんだ?」
「うちの妹そこで義理の弟と出会って結婚した」
「マジで? あそこにそんなまともな出会いってあるのかぁ?」
仁は『ここあ』と『ミルクティー』とのやり取りを思い出しながら言った。
「あそこは結構真面目な会員が多いって聞いたぞ。だからうちの妹も結婚出来たんだし。でも【月夜のおしゃべり】がなんでお前に関係あるんだ?」
「だからぁ悦子がそこで実際体験してみてから書けってさ。で、登録したんだ」」
プハッ
今度はアクトがビールを吹きそうになる。
「マジか? で、お前、そのメールフレンドとやらは見つかったのか?」
「それがさー聞いてくれよー」
仁はドリンク娘二人についてを話し始める。
「ハハッ、なんだ? あのサイト劣化してんのか? うちの妹がやってた頃は真面目な人が多いって言ってたのにな」
「それって何年前の話?」
「5~6年くらい前かなぁ? うちの妹今40で晩婚だったからさ」
「じゃあサイトが出来たばかりの頃か。5~6年で劣化なんて管理が甘すぎるのか?」
「まあどこにでも変な奴は一定数いるだろうから一概に全部が全部変な人って事もないだろう? 他に探せばいるんじゃないか?」
「うん、まあ今一人とはやり取りが続いてるよ。常識がありそうで話もまあまあ合う感じ?」
「マジで? 顔は? 歳は? どこに住んでる?」
仁はアクトにそう聞かれて自分が『エンジェル』について何も知らない事に気付いた。今のところわかっているのは軽井沢在住という事だけだ。それ以外はプロフィールに記載されている事しか知らない。
(『エンジェル』との会話をもうちょっと掘り下げないと駄目だなー)
仁はそう思いながらアクトに言った。
「まだ始めたばかりだから詳しい事は知らなんだよなー。会う事目的じゃないしね」
「会わないのか?」
「うん、向こうもそれは希望していないし俺だってドラマ制作の為のリサーチみたいなもんだからな」
「でもさ、メールのやり取りするうちにきっと気になって来るぞ。どんな顔かなーとかどんな雰囲気の女性かなーってさ。見えないからこそ想像力を掻き立てられて余計に気になる。なんかそういうのってワクワクしないか? いいなー俺もやってみようかなー」
「お前はいいよな、世間に顔を晒してないから匿名でやればバレないし。でも俺は会ったらバレちまう。その女性俺の本のファンなんだ」
「マジか。それはますます興味深いな。でもさ、ファンなら会ってストーカーとかにもなりかねないからその点はくれぐれも気をつけろよ」
「ああ」
(彼女はそういうタイプの人間じゃないさ)
返事をしながら仁は心の中でそう呟く。
その後二人は夜遅くまで酒を酌み交わし、久しぶりに男同士の楽しい夜を過ごした。
コメント
7件
そう!そう!メールを通じてお互い惹かれ合っていく💖🤭純愛ですね💓
「彼女はそういうタイプの人間じゃないさ」 そーなんです!さすがGod仁さん🤩 アクトさんとの会話でエンジェル綾子さんの事もう少し知りたいと思ってくれたのが嬉しい〜っ(⁎˃ᴗ˂⁎)♡⤴︎⤴︎ アクトさんが言う通りだんだんと会いたくなる…会いましょ🤭 先ずは寄贈の📖が綾子さんの元へ渡り、そこからですよね🎵 早く届かないかな〜🎀✨
仁さんの「フロストフラワー」ってどんな内容なんだろうと気になる。私も読んでみたい😅😅😅