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第27話 【転生タイムラインの正体】
ありがとう掲示板の前に、誰も立たなかった。
朝になっても、村は静かだった。
桶も小桶も、いつもより声が小さい。
「起きてえらい」
「静かでもえらい」
ナギはスマホを見ていた。
転生タイムライン。
次の投稿は、なかなか開かなかった。
いつもなら通知が来る。
次の転生者。
次の投稿傾向。
次の能力。
けれど今日は、画面の中央に短い文字だけが残っていた。
最初へ戻ります。
ロッカが横から見た。
「嫌な文字だな」
ナギはうなずいた。
「うん」
ミレナは帳面を開いていたが、何も書いていない。
サヨは端末を握っている。
レンヤはありがとう掲示板を見ている。
ハルは通知型の腕輪を布で包んでいた。
ミナトは集計板を閉じていた。
コメント欄も静かだった。
誰?
最初って何?
いよいよ?
怖い。
ナギ、無理しないで。
サヨが拾う言葉を選ぶ。
無理しないで。
その言葉だけが、淡く残った。
その時、村の外でゴブすけが低く声を上げた。
敵意ではない。
驚きでもない。
誰かが来た時の声だった。
ナギ達は門へ向かった。
門の外に、ひとりの男が立っていた。
伸びた茶色の髪。
破れた緑の外套。
手には古びた剣。
顔は若い。
けれど、目が違った。
ナギは、その目を見た瞬間、息を止めた。
何日も寝ていない人の目ではない。
何年も逃げていない人の目でもない。
もっと長い。
何百年も、同じ場所に立たされていたような目だった。
男はナギを見た。
それから、村を見た。
受付場。
注意札。
ありがとう掲示板。
魔物待機場。
モルモットの巣箱。
調理場。
紙芝居台。
コメント欄ルール。
おすすめ欄ルール。
大きな期待のルール。
バズる能力のルール。
男は、かすかに笑った。
「こんなに、来ていたのか」
ロッカが短剣に手を置く。
「名乗れ」
男は静かに言った。
「勇者と呼ばれていた」
ナギのスマホが震えた。
転生タイムライン。
転生タイムラインの正体
転生者名
代行勇者
能力名
代わりを送る力
ナギは画面を見たまま、声を出せなかった。
男は剣を地面に置いた。
「戦う気はない」
ロッカはまだ警戒を解かない。
「なら、何をしに来た」
「止めに来た」
「何を」
男は、ナギのスマホを見た。
「それを」
スマホの画面が、勝手に開く。
投稿履歴。
能力欄。
コメント欄。
おすすめ欄。
ランキング。
ありがとう掲示板。
全部が重なり、ひとつの画面になる。
そして、中央に文字が出た。
転生タイムライン
自動生成アカウント
作成者
代行勇者の能力
ナギはつぶやいた。
「アカウントじゃ、なかった……?」
サヨが息をのむ。
「能力が、SNSの形をしていた」
レンヤが静かに言う。
「見つけてもらいやすい形になったんですね」
代行勇者は目を伏せた。
「僕は、ただ休みたかった」
誰も何も言わなかった。
勇者は続けた。
「最初は、ひとりだった。魔物を倒して、迷宮を抜けて、村を救って、また次の村へ行った。終わると思っていた。けれど、終わらなかった」
風が、外套の裾を揺らした。
「百年経っても、二百年経っても、同じことが起きた。助けを呼ぶ声が来る。誰かが泣く。誰かが倒れる。誰かが僕を探す」
ロッカの表情が少し変わる。
勇者は苦笑した。
「僕は、勇敢じゃなかった。ただ、逃げられなかった」
ナギはスマホを握る。
勇者の言葉が、画面に流れる。
コメント欄は止まっていた。
誰も書けないみたいに。
勇者は続けた。
「ある日、思った。誰か、代わりに行ってくれないか。僕じゃなくてもいい。僕より向いている誰か。僕より笑える誰か。僕より作れる誰か。僕より歌える誰か」
ミレナの手が震えた。
「それが……」
勇者はうなずいた。
「能力になった。僕は意識していなかった。けれど、願いだけが形になった」
スマホに、新しい文字が出た。
代わりを送る力。
現実世界の投稿から、向いている者を探す。
投稿履歴を能力として変換する。
転生後の出来事を投稿として記録する。
次の代行者を呼び続ける。
ナギは喉の奥が詰まった。
「じゃあ、俺達は……」
勇者は頭を下げた。
「巻き込まれた」
その言葉は、重かった。
ロッカが一歩前に出た。
「ふざけるな」
勇者は顔を上げない。
「そう言われるべきだ」
「何百年戦ったかは知らない。だが、勝手に送っていい理由にはならない」
「分かっている」
ロッカの声が鋭くなる。
「分かっていて、まだ続いているのか」
勇者はゆっくり顔を上げた。
「止め方が分からなかった」
ナギのスマホが震えた。
コメント欄が、ようやく動き出した。
じゃあ全部勇者のせい?
でも何百年も戦ってたの?
ナギ達は巻き込まれた。
止めて。
責めたいけど、苦しい。
誰か代わってほしかったんだ。
サヨが端末を握る。
「コメント欄、荒れます」
レンヤが前へ出た。
「拾いすぎないでください」
サヨはうなずく。
勇者はコメントを見て、笑わなかった。
「責められるのは当然だ」
ナギは画面を閉じようとした。
閉じなかった。
転生タイムラインは、まだ真実を表示している。
勇者の過去が流れた。
古い村。
壊れた橋。
倒れた仲間。
迷宮。
戦場。
誰もいない宿。
古びた剣。
何度も直した外套。
ひとりで食べる固いパン。
眠れない夜。
そして、何度も同じ言葉。
誰か、代わりに。
ナギは画面を見つめた。
怒りたかった。
怒っていいはずだった。
けれど、その言葉があまりにも疲れていた。
ミレナが小さく言った。
「この記録は、残すべきなのかな」
勇者は首を横に振った。
「残さなくていい」
ミレナは帳面を閉じた。
「いいえ。残す。でも、数字にはしない」
ミナトがうなずいた。
「ありがとう掲示板にも、ランキングにも載せない。これは、始まりの記録です」
勇者は目を伏せた。
「ありがとう」
その時、スマホが強く震えた。
転生タイムラインが、新しい投稿を作ろうとしていた。
次の代行者を検索中。
ナギは叫んだ。
「やめろ!」
画面は止まらない。
検索中。
投稿履歴解析中。
おすすめ欄参照中。
コメント欄参照中。
代行者候補、増加中。
サヨが端末を操作する。
「止まりません。能力の深い部分です」
ヨミトが目をこらす。
「勇者本人の無意識が動かしています」
トオルが言う。
「外からではなく、本人の願いを変えないと止まらない」
ロッカが勇者を見る。
「お前が止めろ」
勇者は苦しそうに笑った。
「止めたい」
「なら止めろ」
「僕の中のどこかが、まだ思っている。誰か代わってくれ、と」
広場が静まり返った。
ナギはスマホを握った。
お題。
何百年も戦い続けた勇者が、代わりを探すのをやめられなかった理由とは。
答えは分かっている。
疲れていたから。
怖かったから。
終わらなかったから。
でも、それをそのまま答えても止まらない。
ナギは勇者を見た。
「お題」
勇者が顔を上げる。
ナギは言った。
「代わりを探し続けた勇者が、初めて代わり以外のものを見つけた理由とは」
スマホが光る。
検索中の文字が揺れる。
ナギは答えた。
「代わりじゃなく、一緒に止めてくれる人達が目の前にいたから」
広場に、静かな光が広がった。
ナギ。
ロッカ。
ミレナ。
サヨ。
レンヤ。
まかな。
こより。
ヨミト。
ハル。
ミナト。
リク。
マヒロ。
カイ。
ミチル。
ツクル。
ハクト。
ダイチ。
レン。
ソウマ。
トオル。
ハヤテ。
マコト。
ルカ。
ミラ。
ノア。
ゴブすけ。
教官車。
桶。
小桶。
村にいる者達の影が、勇者の周りに並んだ。
勇者は目を見開いた。
スマホの文字が変わる。
代行者検索
停止中。
代わりではなく、共同停止へ移行。
勇者の膝が崩れた。
ロッカが反射的に支えた。
勇者は、ロッカの腕を見た。
「まだ、立てると思っていた」
ロッカは短く言った。
「今は座れ」
桶が小さく言った。
「座れてえらい」
小桶も言った。
「倒れる前に支えられてえらい」
勇者は初めて、ほんの少しだけ笑った。
夜。
村の広場に、大きな会議の輪ができた。
転生タイムラインを止める方法。
サヨはコメント欄を整えた。
トオルは危険を分けた。
ヨミトは表示を読んだ。
レンヤは現実世界へ向ける言葉を考えた。
ミレナは始まりの記録を書いた。
ロッカは勇者がまた無理に立とうとするたび止めた。
ナギはスマホを置き、画面を見つめた。
勇者は、火のそばに座っていた。
まかなの温かい汁を両手で持っている。
勇者は一口飲んだ。
長い間、味を忘れていたような顔をした。
「温かい」
まかなは静かに言った。
「食べてから考えましょう」
ハクトがうなずく。
「体が先です」
勇者は器を見つめた。
「僕は、そんなことも忘れていた」
ナギのスマホが、静かに開いた。
転生タイムライン。
転生タイムラインの正体
映像には、勇者が門の外に立つ場面。
転生タイムラインが能力の自動生成だったと分かる場面。
何百年もの戦いの記録。
代わりを探す力。
ナギの大喜利で代行者検索が止まる場面。
勇者が火のそばで汁を飲む場面が映っていた。
コメント欄は、ゆっくり流れた。
怒っていい。
でも、つらい。
勇者、休んで。
ナギ達を勝手に送ったのはだめ。
でも、ひとりで何百年は無理。
代わりじゃなく、一緒に止めよう。
転生タイムラインを終わらせよう。
サヨが拾う。
一緒に止めよう。
その言葉が、画面に残った。
勇者はそれを見た。
目元が少し揺れた。
「僕は、まだ許されない」
ロッカが言った。
「許す話は後だ」
勇者が顔を上げる。
ロッカは続けた。
「まず止める。話はそれからだ」
ナギはうなずいた。
「うん。終わらせよう」
ミレナが帳面に書いた。
転生タイムラインの正体。
勇者の無意識が作った、自動生成アカウント。
代わりを求める力。
けれど、代わりでは止まらない。
一緒に止める。
ペン先が止まる。
ミレナは小さく息を吐いた。
「書けた」
桶が言った。
「書けてえらい」
小桶も言った。
「残せてえらい」
夜が深くなる。
転生タイムラインは、今までのように次の転生者を探さなかった。
けれど、完全に消えたわけでもない。
画面の下に、新しい表示があった。
最終投稿を準備中。
ナギはそれを見た。
勇者も見た。
ロッカも、サヨも、レンヤも、ミレナも見た。
終わりが、初めて近くに来た。
でも、それは簡単な終わりではない。
巻き込まれた人達。
待っている現実世界。
この世界でできた村。
魔物達。
コメント欄。
おすすめ欄。
ありがとう掲示板。
勇者の罪。
勇者の疲れ。
全部を抱えたまま、終わらせなければいけない。
ナギはスマホを閉じた。
今度は閉じられた。
火の音が小さく鳴る。
勇者は器を持ったまま、眠りかけていた。
何百年ぶりの休息みたいに。
ロッカが見張りに立つ。
サヨがコメント欄を静かに整える。
レンヤが大きな期待を抑える言葉を考える。
ミレナが記録を閉じる。
ナギは夜の村を見た。
転生タイムライン。
それは、誰かを楽しませる投稿ではなかった。
誰かを救うためのアカウントでもなかった。
疲れ果てた勇者が、心の奥でこぼした願いだった。
誰か、代わりに。
けれど、今は違う。
誰か一人ではない。
ここにいる全員で、止める。
桶が小さく言った。
「一緒にいてえらい」
小桶も続いた。
「代わりじゃなくてえらい」
ナギは、少しだけ笑った。
最終投稿は、まだ開かない。
でも、もう逃げるための投稿ではなかった。
終わらせるための投稿になろうとしていた。
コメント
1件
うわあ…「転生タイムラインの正体」がまさか能力の自動生成だったなんて。代行勇者の「誰か代わりに」という願いが、あんな形でナギたちを巻き込んでいたんですね。でも、ナギの「代わりじゃなく、一緒に止めてくれる人がいたから」というお題の答えで検索が止まった瞬間、胸が熱くなりました。何百年も戦ってきた勇者が、まかなの温かい汁を飲んで「温かい」とつぶやくシーンも忘れられません。ロッカの「まず止める。話はそれからだ」という現実的な対応も好きです。桶と小桶の「一緒にいてえらい」も沁みました。最終投稿、どうなるんだろう…
#魔道具職人
こはる
684
はる
339
自転車和尚
212
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