善子
善子
年老いた女は 杖をついたまま
しゃがれ声で むせぶようにおれに語りかけた
善子
善子
善子
泰
泰
善子
善子
泰
泰
泰
泰
泰
泰
老女は 自らの足元に転がった男を見ると
悲壮に充ちた表情で 涙を流しながら
ふたたびおれを見た
善子
善子
善子
善子
善子
泰
泰
善子
善子
善子
そしてもう一度 男の死体に目をやる
善子
善子
善子
善子
泰
泰
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
泰
善子
善子
善子
善子
妄言のようにも聞こえたが 老女の言葉には意志が宿っていた
善子
善子
善子
善子
善子
善子
泰
泰
泰
泰
老女は身をひるがえし 杖をつきながら部屋を後にした
泰
泰
泰
緊張して震えているうちに 眠りに落ちてしまったらしい
目覚めるとなにやら 芳しい香りが漂っていた
潔
潔
部屋に入ってきたのは 老女とはちがう
生気に充ちた男だった
いやそれよりも おれは男が手に持っているものに 目がいっていた
湯気のたつどんぶりに 何かが入っている
潔
潔
潔
泰
匂いの正体はラーメンだ
奥歯の横の腺から 粘つく唾液があふれでる
泰
泰
男はおれの手前まで歩み寄り
ラーメンの脂と醤油の匂いを おれに嗅がせた
腹部が歓喜におどり 胃がきゅうっと縮んだのが分かった
潔
男は箸で麺を持ち上げ
宙で麺をすこしだけ冷まし
みずからの口に運び ずるりと啜って見せた
潔
潔
潔
泰
潔
潔
潔
潔
潔
呆気に取られたおれの口元から 次々に唾液が滴り落ちた
手が食欲に誘われて 本能的に器に手を伸ばそうとする
しかし車椅子に拘束された四肢は 動かすこともできない
やせ衰えた腕は まるで枯れ枝のように
枷の中でぎしぎしと鳴るだけだった
男はさもうまそうに 麺をすする音を立て続ける
突き抜けるスパイスの匂いに 意識が飛びそうになる
潔
潔
潔
潔
男はどんぶりの中身を すべて平らげてしまった
泰
泰
頬を涙が伝うのがわかった
泰
潔
潔
潔
潔
泰
潔
潔
潔
潔
潔
男はげふりと噫を吐くと おれに背を向けて
さっさと歩いていってしまった
泰
泰
あまりの不快感に おれは胃液を吐き出した
ゼラチンのような質感の 酸っぱい液体が
口腔内を刺激し 外にだらりと垂れた
頭が傷んで 肺のあたりが焼けるように熱い
固定された身体が ぐるぐる回っているかのような
変な錯覚があった
潔
潔
あの男だ
おれはいっそ どこかに逃げたかった
だがどこにも逃げることはできない
また食物の匂いを 嗅がされるのだろうか
胃はまるで泣きわめくように ギリギリ痛んだ
潔
潔
潔
潔
潔
おれの膝に 盆に乗せられた小鍋を置いた
潔
潔
潔
潔
潔
潔
おれは顔を背けようとするが
出汁の効いた卵の匂いが どうしても身体の奥を刺激してしまう
潔
泰
潔
潔
そう言うと男は
おれの鼻元に匙を近づけ
抵抗できないおれに たんまりとその香りを嗅がせた
そして 自分の口まで匙を戻して
緩慢に咀嚼する 嚥下すると頬をほころばせてみせる
潔
潔
潔
潔
潔
泰
泰
潔
潔
潔
男はまだ雑炊の残った盆を 引き下げると
潔
潔
部屋の奥に向かって誰かを呼んだ
するとまた足音が聞こえた
奥からあらわれたのは スーツを着た長身の男だった
黒磯
黒磯
潔
黒磯
黒磯
潔
潔
黒磯
黒磯
続いてマスクをした 白衣の女が入ってきた
女はコロ付きの 銀色のカートのようなものを 押している
彼女はそそくさと手袋をはめた
黒磯
黒磯
八次
女はシリンダーのようなものを 手に取る
よく見るとそれは 針のついた注射器だ
小瓶のなかに入った 黄色い液体を吸い上げる
黒磯
黒磯
黒磯
男はそういうと おもむろにおれの左腕を掴んだ
泰
黒磯
女はガーゼで 上腕を2度ほど拭った
注射針を ずぶりと埋め込む
抵抗することはできない 全てがこのふたりに掌握されている
黄金色の薬剤が 体内に打ち込まれていく
泰
蛇に咬まれたかとおもうほど ひどい痛みが腕全体にまわる
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
台車を押して奥へ行く女に続いて
黒磯は革靴の音を鳴らしながら 部屋を後にした
泰
泰
餓えた胃が 引き裂かれるように傷んだ
心臓が脈打つたびに 腹部が強烈に痛む
そればかりではない さっき注射を打たれた腕が
内部から破裂しそうなほど 激痛を発している
その痛みが 腕から肩へ首へ
頭部 反対側の腕と臓器
血流を辿るかのように 全身に伝わる
耐えがたい痛みによって 身体が風船のように 膨らんでいるような錯覚を覚える
しかし意識は途絶えることはなく 痛みを感じることに 集中させられる
泰
泰
善子
気がつくと 霞んだ視界の中から
老女が現れた
善子
善子
善子
善子
杖が右腕に振り落とされた
泰
かつて感じたことのない痛み 杖が当たった箇所が 破裂しそうなほど
泰
泰
善子
善子
善子
泰
泰
泰
老女はおれを のぞきこむように その顔を近づけた
善子
善子
善子
善子
泰
泰
善子
善子
泰
泰
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
泰
話がまったく違う
だってそいつが語ったのは 璃々子に対する
変態みたいな欲情だ
まさか
ありったけの金を使って
好き放題させるというのか
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
泰
泰
泰
泰
善子
善子
泰
泰
泰
泰
泰
泰
善子
老女はにっと喜色をうかべると 大きな口を開いて笑い出す
善子
しかしその両目から 涙がつぎつぎにしたたる
泰
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
老女は杖を握りしめた
おれはまた腕を叩かれるかと思ったが そのまま老女は引きさがる
善子
老女は苦しげに泣き声をあげながら
もう一度血走った目をこちらへ向けた
善子
善子
善子
善子
善子
そこまで話し終えると
冷酷な表情が ふたたび戻った
そして
部屋の奥からまた足音が 近づいてくる
台車の車輪が 転がってくる音も
寒気がしてきた まさかまたあの注射だろうか
黒磯
黒磯
善子
善子
善子
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
善子
善子
善子
善子
善子
善子
善子
黒磯
善子
善子
善子
善子
善子
善子
黒磯
黒磯
彼らは 一斉に好奇の目を おれに向けた
黒磯
黒磯
黒磯
八次
注射器が薬品を吸い上げている
泰
泰
泰
泰
泰
泰
体力はほとんど残っていないはずなのに
逃げたいという意志による 叫び声だけは 渇いた喉から否応なく発される
泰
泰
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
八次
泰
泰
泰
腕が押さえつけられ
注射針が 筋張った腕に浮いた血管に つきささった
視線を上げると
老女と目が合ってしまった
善子
善子
泰
泰
泰
泰
泰
どのくらい 時間が経ったのだろう
全身がひどくだるく いまにも意識が飛びそうになる
だが身体中をめぐる熱と痛みが 有無を言わせず
意識をここに 繋ぎとめている
恐怖と苦痛だけが増大し あとの感覚は果てしなく薄れていた
つまり皮肉にも この拷問を耐え抜く力のみが おれに残されていた
どうする おれはどうなるんだ
戦慄に支配された思考は 全ての可能性をはぎとり
不可逆性のみを 脳に上塗りしつづける
これが地獄だというのか
そのとき
また扉が開く音がした
あの台車が入ってくる音だ
あの注射を打たれるのだろうか
ふたりがはいってきた その後ろに老女が
黒磯
黒磯
泰
言葉が出てこない なにを喋ればいいのかすら 分からない
黒磯
黒磯
八次
八次
八次
八次
八次
八次
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
八次
白衣の女は 台車からきらめきをはなつ ハサミを取り出した
黒磯はマスクをして 薄いゴム手袋を両手にはめ ハサミを受け取る
するとおれの着ていた シャツの裾をつまんで
ざしざしと音を立てながら シャツを切っていく
泰
泰
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
いっきにシャツを切り開いて
おれの胸部が顕になった
泰
泰
黒磯
黒磯
八次
女は小さな瓶を取り出す
黒磯は両手で受け皿をつくる
そこに薬瓶の中身が トポトポと注がれた
褐色のどろっとした液体だった
泰
黒磯
黒磯は両手に 液体を馴染ませていくように 塗りたくった
ふいに 先程の行為と
これから行われるであろう行為が
頭の中で繋がった
泰
泰
泰
泰
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯は液体でてらてらした両手を ゆっくりおれの両胸に当てた
泰
泰
泰
泰
泰
円を描くように 両手が動く
これ以上なく不快な感触が 肌に刷り込まれていく
泰
泰
泰
泰
執拗に ローションをぬりこむように 黒磯は撫でまわす
黒磯
黒磯
泰
泰
黒磯
黒磯
八次
八次
八次
ようやく黒磯が手を離した 液体は糸を引きながら おれの胸にべったり着いていた
泰
黒磯は老女を手招く
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
老女はゆっくりとこちらに 歩み寄ってきた
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
黒磯
泰
泰
黒磯
黒磯
黒磯
善子
老女は黒磯から 2本の長く細い針を受け取る
泰
泰
泰
善子
善子
善子
善子
善子
泰
泰
泰
善子はやさしい笑みを浮かべ おれに針を見せつけた
それからその針を おれの胸部に運んだ
泰
泰
善子
黒磯
善子
銃声
善子
黒磯
足音
善子
光
泰
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