太田豊太郎
この二通はほとんど同時に出されたものだが、
太田豊太郎
ひとつは母の自筆の手紙であり、
太田豊太郎
もうひとつは親族のあるものが、
太田豊太郎
母の死を、
太田豊太郎
俺がこの上もなく慕っていた母の死を知らせるものであった。
太田豊太郎
俺は母の手紙の中の言葉をここに書きつけることが出来ない。
太田豊太郎
涙で、字を書くことが出来ないからだ……
太田豊太郎
俺とエリスの交際は、このときまでは他人が見るよりも潔白なものだった。
太田豊太郎
彼女は家が貧しかったために十分な教育が受けられず、
太田豊太郎
15歳のとき踊りの師匠の募集に応じて、
太田豊太郎
この恥ずかしい技を教えられ、
※ 当時、踊り子などの芸能人はいやしい仕事とされていた。
太田豊太郎
修業期間が終わった後、ヴィクトリア座に出て、
太田豊太郎
今はその中で第二位の地位を占めている。
太田豊太郎
けれど詩人のハックレンダーが現代の奴隷といったように、
太田豊太郎
頼りないのは舞姫(踊り子)の身の上だ。
太田豊太郎
安い給料で雇われ、昼間の練習、夜の舞台と仕事は厳しく、
太田豊太郎
芝居の化粧室にいる間は化粧もし、美しい衣装もまとっているが、
太田豊太郎
いったん外に出ると衣食も十分でなく、親兄弟を養うものはそのつらさ、どれほどだろう。
太田豊太郎
そういうわけだから、彼女らの中で、
太田豊太郎
この上なくいやしい仕事(売春)に落ちないものはまれだという。
太田豊太郎
エリスがそれを逃れたのは、
太田豊太郎
おとなしい性質と、勇ましい気性のある父親の保護があったからである。
太田豊太郎
彼女は幼いときからやはり本を読むことは好きだったが、
太田豊太郎
手に入るのはコルポルタージュという貸本屋の通俗小説だけだった。
太田豊太郎
俺と知り合ったころから、俺が貸した本を読みならって、
太田豊太郎
だんだんその味わいも理解するようになり、
太田豊太郎
言葉の訛りもなくなり、しばらくして俺によこす手紙の誤字も少なくなった。
太田豊太郎
このように、俺たち二人の間にはまず先生と生徒の付き合いがあったのだ。
エリスと豊太郎の付き合いは、当初穏やかなものだった。続く。






