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愛知県名古屋市。 6月の名古屋は蒸し暑い。高層ビルの間を吹き抜ける風も生ぬるく、スーツの襟元にまとわりつく。 野坂 通(のざか とおる)は信号待ちをしながら、スマートフォンの画面を見下ろしていた。
画面には一通のメッセージ。
『通さん、これまでお世話になりました🙌💐✨️ こんな私を諦めずに最後までサポートして下さり、本当に感謝しています。ここまで成長できたのは通さんのお陰です!本日より担当変更となりますが、これからも応援していますっ🌸お疲れ様でした!!』
数年間担当してきた女性タレントから送られてきたものだった。思わず苦笑する。
野坂 通
呟いてから、さっとスマホをポケットへしまった。 担当タレントは、今年入社した新人マネージャーへ引き継がれた。会社の判断だ。不満はない。
むしろ彼女は今が伸び盛りだ。若い感性を持つ新人の方が、彼女をさらに上へ連れて行けるかもしれない。そう思って納得した。
……納得したはずだった。
だが心のどこかが妙に空っぽだった。
31歳。芸能事務所「スターライトエンターテインメント」所属。肩書きはマネージャー。業界歴は十年近い。それなりに経験も積んだ。失敗も成功も見てきた。
だが――。
野坂 通
信号が青になる。 通は苦笑しながら歩き出した。 その時だった。 スマホが震える。電話だ。 画面に表示された名前を見て、姿勢が少し伸びた。
社長。会社の代表取締役だった。 通話ボタンを押す。
野坂 通
社長
いつも通りの軽い声。
社長
野坂 通
社長
野坂 通
そして、正午。
名古屋駅近くのイタリアンレストラン、タヴェルナ グイダ。窓際の席で待っていた社長は、通の姿を見るなり手を振った。
社長
50代半ば。 穏やかな笑顔。 だが業界ではやり手として知られている。 通は席につきながら尋ねた。
野坂 通
社長
社長は笑った。
社長
その言葉に通は曖昧な笑みを浮かべた。
野坂 通
図星だった。
料理が運ばれてくる。 しばらくは世間話。 所属タレントの近況。 最近のテレビ事情。 動画配信市場の話。 そして食後のコーヒーが届いた頃。 社長が不意に言った。
社長
野坂 通
社長
野坂 通
通は素早く瞬きをした。
野坂 通
社長
社長はさらりと繰り返した。
野坂 通
31歳で、アイドルが務まるのだろうか?まるで社長の意図が分からない。
すると社長は目を大きく見開いたあと、身体を大きく揺らしながら笑った。
社長
社長
社長
社長
数秒、思考が止まる。 スターライトエンターテインメント。 うちは女性タレント中心の芸能事務所だ。 モデル。タレント。女優…。 そういった人材は数多く抱えている。 だが、男性アイドルなど聞いたことがない。
野坂 通
通はコーヒーカップを机に置いた。
野坂 通
社長
野坂 通
社長
野坂 通
社長
野坂 通
野坂 通
通は熱くなっていた。
そんな姿を見て、社長はまた笑った。
社長
野坂 通
社長
あまりにも無責任な理由だった。
社長
通は頭を抱えたくなった。
野坂 通
社長
野坂 通
社長
野坂 通
社長の顔を見て、何かを察した。
野坂 通
社長
野坂 通
社長はまた楽しそうに笑った。
社長
そして、少しだけ真面目な表情になる。
社長
窓の外を見ながら言った。 通もつられて外を見る。
名古屋の街並み。 人々が行き交う。 大都市だ。
だが芸能の中心ではない。
社長
野坂 通
社長
野坂 通
社長
通は黙って聞いていた。
社長
社長は続ける。
社長
その言葉がなぜか胸に残った。 かつての自分を見ているようだった。
俳優になりたかった。 歌手になりたかった。
だが、なれなかった。
夢を諦めた。
そして今は人の夢を支える側にいる。 それで満足している。そう思っている。
……本当に? 自問自答を繰り返す。
社長
社長が続けて聞く。
社長
通は少しだけ考えた。
そしてため息をつく。
野坂 通
社長は満面の笑みを浮かべた。
社長
その日の夕方。 会社のデスク。 通はパソコンの画面を見つめていた。
男性アイドル育成プロジェクト。
予算、
ほぼ無し。
専用スタジオ。
なし。
有名講師。
なし。
知名度。
なし。
あるのは勢いだけ。
野坂 通
思わず笑ってしまう。 だが立ち止まっても仕方ない。 まずは人を集めなければ。
通は無料のウェブページ作成サービスを開いた。 簡単な募集要項を書く。
応募条件。 年齢。 活動内容。 夢を持っている人歓迎。 未経験可。
そして最後に一文。
愛知から全国を目指す男性アイドルメンバー募集。
しばらく考えた後、公開ボタンを押した。
続いて事務所公式SNS。 募集告知画像を添付する。 投稿文を打ち込む。 指先が止まる。
本当に応募なんて来るのだろうか? 10人も来ないかもしれない。 オーディション会場は、 社内の会議室で十分だろう。
そんなことを考えながら、 最後に投稿ボタンへ指を伸ばした。
そして、
タップした。
画面に表示される。 「投稿しました。」
野坂 通
通は静かに息を吐いた。
まだ誰もいない。 メンバーもいない。 ユニット名もない。 夢を見る少年たちの顔すら知らない。
それでも、
何かが動き出した気がした。
窓の外では夕暮れの光が街を染めている。
その光の向こうに、 まだ見ぬ未来があるような気がした。
コメント
1件
読み終えました。 「光の当たらない場所」というタイトルが、冒頭の通さんの心情と重なってとても印象的でした。担当タレントに送り出す立場のプロフェッショナルでありながら、自分の夢は諦めた過去を持つ――そんな通さんに社長が「君ならできる」と託す。この“全くなし”からのスタート、すごく胸が熱くなりますね。 男性アイドル育成、予算なし・スタジオなし・知識なしの三重苦。でも「愛知から全国を目指す」という一文に、通さん自身の再生と、この地に眠る才能への期待が込められている気がしました。これからどんな少年たちが集まるのか、続きがすごく気になります。お疲れ様でした、キ"ャノレノレさん!