翌週、清亜と飲みに行く約束をしている朝。
ヤツに会ってしまった。
コンビニでお金をおろそうと思ったら
前にいたばあさんがやたらと遅くて。
おごらないと言ったけど
後輩でしかも女の子相手に割り勘ってのも恥ずかしい。
1本乗り遅れたせいで
俺は散らかり女と同じ車両に乗った。
俺が乗るとヤツは座っていた。
今日の混雑ぶりからして
座ってるってことはかなり手前の駅から乗っているはずだ。
こうして、黙っているとかわいいのに。
ふんわりしたボブに、派手ではない服装。
オシャレなカゴバック持ってるけど
中身は丸見えだった。
俺はよく見てやろうと、彼女の前に立った。
え、バナナ?
職場にバナナ?
弁当箱らしきものも見えるからバナナはおやつか。
財布は、想像通りパンパンで
カゴバックから溢れ出しそう。
ペットボトルに、黒猫のペン
何やらまた紙やはがきも見える。
本を読んでいると思ったら
彼女が手に持っているのは、写真集だった。
文庫本くらいの大きさの青い写真集で
どのページも青、青、青。
海の深い青、空の淡い青。
通勤の憂鬱な気持ちを消してくれるには充分だった。
次の駅で数人が乗って来た。
多田 志保
散らかり女は、さっと立ち上がり
俺の隣にいたばあさんに席を譲った。
とても自然で、優雅で
無駄な気持ちの揺れがないように見えた。
俺は隣にばあさんが乗ってきたことすら気付いていなかったのに
写真集を見ていた彼女がどうしてそんなにすぐに気付けるのか。
俺の隣のつり革を持った彼女に
不覚にも少しドキっとしてしまった。
この前はバタバタしていて気付かなかったけど
なんだ、この匂い。
俺の周りにいる女性からは香ったことがない匂い。
石鹸、洗い立ての洗濯物
春の草原、そんな感じの自然な香りが俺を包んだ。
写真集を読むのをやめた彼女は
電車の揺れを楽しむようにつり革に身を委ねていた。
多田 志保
カゴバックが俺に当たった。
ペコっと会釈した俺を見て
声を出さずに目を丸くした。
もしかして、覚えてる…?
この子ならありえるかもしれない。
ちゃんと目を見て、謝る子だから。
空気読めなさそうなのに
電車の中で大きな声で驚くようなことはしなかった。
おばあさん
おばあさん
席を譲ったばあさんが、彼女に声をかけた。
多田 志保
困ってる…
五十嵐 爽太
俺は、そう言って、スマホでにしきホールと検索した。
おばあさん
おばあさん
ばあさんと共に、彼女も俺にお礼を言った。
多田 志保
多田 志保
彼女は自分のことじゃないのに、真剣に俺に質問した。
至近距離で目が合った。
五十嵐 爽太
多田 志保
多田 志保
昭和じゃあるまいし、スマホで地図くらいすぐ出せるだろーが。
多田 志保
多田 志保
多田 志保
と説明し始めた。
おばあさん
おばあさん
ばあさん、頼むよ。駅員に聞いてくれ。
そうこうしているうちに俺の降りる駅に到着しそうになっていた。
五十嵐 爽太
俺はそう言って、スマホを返してもらった。
彼女は、カバンから出した黒猫ペンで紙に地図を書いていた。
待てよ。
駅に到着した。
五十嵐 爽太
俺が腕をつつくと、慌てたように彼女はキョロキョロした。
多田 志保
多田 志保
おばあさん
おばあさん
ばあさんにペコペコと頭を下げている彼女の腕を引っ張った。
五十嵐 爽太
なんとか、俺達は電車から降りた。
雑踏の中
俺と彼女の間には静かな時間が流れているような気がした。
なんなんだか、わからないけど。
多田 志保
五十嵐 爽太
五十嵐 爽太
多田 志保
多田 志保
相変わらず、純粋なキラキラした瞳で、俺を見つめてくる。
多田 志保
五十嵐 爽太
と忘れたふりをしたけど、それも彼女は見抜いているようだった。
五十嵐 爽太
五十嵐 爽太
多田 志保
多田 志保
多田 志保
ほとんど人のいなくなった駅のベンチにカバンを置き
奥からタオルを出す。
多田 志保
五十嵐 爽太
カバンの中から、ペンとアメが落ちる。
五十嵐 爽太
多田 志保
多田 志保
多田 志保
多田 志保
彼女は、カバンから猫のキーホルダーを出した。
押すとしっぽが動くキーホルダーを俺の目の前で揺らした。
五十嵐 爽太
五十嵐 爽太
五十嵐 爽太
五十嵐 爽太
考え込むような表情をした彼女は
次に嬉しそうに笑った。
多田 志保
五十嵐 爽太
五十嵐 爽太
多田 志保
と、にっこりと笑った散らかり女は、
俺の胸の奥をぎゅっと掴んでしまった。
コメント
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しほちゃん、バナナは剥き出しだと絶対カバンの中で痛むと思うなあ…!?