翌朝
台所から味噌汁の 湯気が立ちのぼっていた
おばあちゃん
おばあちゃん
起きなさーい
祖母の声に、私は目を こすりながら布団から出る
あとの3人も もぞもぞとうねりながら出てくる
居間のちゃぶ台には、焼き魚、 卵焼き、味噌汁、白いご飯
蓮
陽斗
龍次郎
みんなは箸をとって 朝ごはんを食べる
私は一息ついてから、 ぽつりと言った
花
地元案内しようか
三人の箸が一斉に止まる
蓮
陽斗
龍次郎
私は少し照れながら頷く
花
私が育った場所も
花
祖母はにこにこしながら言った
おばあちゃん
おばあちゃん
花
バスに揺られながら、 横浜の街が流れていく
広い大通り、行き交う人、 ビルの影
私は窓の外を見ながら説明する
花
通学路だったの
花
休みの日
よく寄ってた
瀬戸君は景色に目を輝かせ、
鬼塚君は腕を組んで 黙って外を見る
蓮君だけが、 私の横顔を時々見ていた
みなとみらいに着くと、 3人は一斉に声を上げる
蓮
陽斗
龍次郎
龍次郎
観覧車、 ガラス張りの建物、 海に反射する光
私は少し誇らしげに言った
花
よく来てた
山下公園では、海風が強く吹く。 ベンチに座ると、 鳩が近寄ってきた
陽斗
鳩だ鳩だ!!
龍次郎
蓮
全然逃げねぇ
中華街に入ると、空気が一変する
赤い門、香辛料の匂い、 呼び込みの声
龍次郎
陽斗
蓮
食っただろ
蓮君達のやりとりに 私は小さく笑った
港の見える丘公園に登ると、 街と海が一望できた
瀬戸君と鬼塚は、 遠くで子供に戻ったように 遊んでいる
私は手すりに手を置き、 静かに言った
花
よく一人で来てた
花
ここで海見てた
蓮
花
蓮君は何も言わず、 ただ隣に立つ
花
花
花
その言葉に、風が一瞬 止んだ気がした
蓮君は静かに頷いた
横浜の空は、 どこまでも青かった
夕方が近づき、 空が少しずつ橙色に 染まり始めたころだった
バスを降り、 住宅街を抜けて歩いていると
視界の先に見覚えのある 校舎が現れる
──私が通っていた中学校だった
花
瀬戸君が立ち止まり、 校門を指さす
陽斗
が通ってた中学校?
蓮
その瞬間、蓮君の肩が ぴくりと跳ねた
花
私はすぐに視線を逸らし、 軽い調子で言う
花
花
花
別の道行こっか……
私はくるりと踵を返して、 Uターンしようとした
──その時
前方から、数人の影が 近づいてくる
笑い声、そしてあの顔
派手な髪、ブランド物のバッグ、着崩した一軍高校生の雰囲気
メンバーも、空気も、 何も変わっていない
私の視界に、中学校の校門と 近づいてくる彼らが 同時に入った瞬間
心臓が鳴った
胸が締め付けられ、息が浅くなる
足が、地面に 縫い止められたみたいに 動かない
花
昔の声が、頭の奥で蘇る。 笑われた声、呼ばれたあだ名、 背中を押された感触
私は俯き、拳を強く握る
蓮
蓮君は異変に気づき、 私の名前を言う
だけど私はその場から 動けなかった
私の事情を知らない 瀬戸君と鬼塚君も、 ただならぬ空気を察する
その時だった
いじめっ子A
いじめっ子の1人が、 足を止めた
じっと私を見つめる
数秒の沈黙のあと、 にやりと口角を上げる
いじめっ子A
その視線が、 はっきりと私を捉えた
いじめっ子たちは、 私の前までずかずかと 近づいてきた
いじめっ子A
いじめっ子A
そのうちの一人が、 私の顔を覗き込む
その視線は、すぐに 蓮君たちにも向けられる
いじめっ子B
いじめっ子C
彼氏ー?(笑)
からかうような声に、 別のいじめっ子が鼻で笑う
いじめっ子D
いじめっ子E
走ったとか(笑)
いじめっ子D
男遊びとか、身の程
知らずすぎっしょ
いじめっ子E
くすくすと笑い声が重なる
すると瀬戸君が一歩前に出る
陽斗
問いかけても、 私は答えられない。 喉が締め付けられ、視界が滲む
蓮君は歯を食いしばり、 低い声で言った
蓮
蓮
花のこと、
いじめていた連中だ
瀬戸&鬼塚
瀬戸君と鬼塚君が 同時に声を上げる
龍次郎
白崎!!
陽斗
ずるくね!?
場違いな言葉だが、 怒りは本物だった
いじめっ子E
ぶってんの?
いじめっ子は笑いながら、 さらに言葉を重ねる
いじめっ子B
気持ち悪ぃ
いじめっ子C
それで勝った
つもりかよ
その瞬間
私は、 ぎゅっと拳を握りしめ、 一歩前に出た
花
震えた声だったが、 確かに届いていた
花
いじめっ子A
一瞬、いじめっ子たちは 驚いたように黙る
花
花
あなたたちは
もういらない…!
花
関わらないで!!
次の瞬間──
いじめっ子A
突き飛ばされ、 私の体が地面に叩きつけられる
花
その光景を見た瞬間
蓮
蓮君達の中で何かが切れた
手の甲に血管が浮き出る
瀬戸君と鬼塚君も、 同時に前へ出る
蓮
今何しやがった
いじめっ子A
いじめっ子C
だけだし
いじめっ子D
いいでしょ?
陽斗
瀬戸君は相手の胸ぐらを掴み、 抑える気もなく吠える
いじめっ子A
いじめっ子B
陽斗
陽斗
分かってねぇ!!
蓮
よく知ってる
蓮
蓮
味わってきた苦しみ
がわかんだよ!!
いじめっ子C
貴様ら!!
いじめっ子C
5人いんだぜ!
龍次郎
龍次郎
強くなった気か?
いじめっ子C
龍次郎
容赦しねぇぜ
龍次郎
龍次郎
泣かせるやつはな!!
いじめっ子C
花
いじめっ子の男子たちは 次々と殴り倒された
いじめっ子の男子達は 蓮君達に殴られて
顔面が流血
蓮
いじめっ子A
陽斗
陽斗
陽斗
陽斗
謝れッ!!!!
いじめっ子A
いじめっ子A
「すみませんでした!」
男子達は謝った
だけど……
いじめっ子D
悪くないわよ!
いじめっ子E
指図されてた…
だけだし?
いじめっ子D
いじめっ子A
笑ってただろ!!?
いじめっ子D
言うんじゃないわよ!
男のいじめっ子たちは 次々と殴り倒された
だけど女のいじめっ子には 手を出さない
代わりに、冷たく、 容赦ない言葉を浴びせる
龍次郎
女に手は出さねぇ
「でもな!」
龍次郎
容赦しねぇ!
龍次郎
姐さん(花)の悪口
行ってみろよ
龍次郎
飛んできて
龍次郎
沈めっからな!
その言葉を聞いた瞬間
いじめっ子達は 逃げるように帰って行った
夕暮れの道に、静寂が戻る
地面に座り込んだままの 私のもとへ、蓮君達が駆け寄る
蓮
蓮君が一番に、 ゆっくりと手を差し伸べた
さっきまで怒鳴っていた声 とは違う、震えを含んだ声で
陽斗
龍次郎
ください
瀬戸君と鬼塚君も、 何も言わずに一歩近づく
けれど、私はその手を 取れなかった
俯いたまま、肩が小刻みに震え、
──次の瞬間、嗚咽が漏れた
声を殺そうとしても、止まらない
涙が、ぽろぽろと地面に落ちる
今まで貯めてきた分が
全部ダムが崩壊したように 流れてきた
3人は一瞬、動けなかった
私が泣いているところを、 初めて見たからだと思う
今まで、どんなに怖くても、 どんなに辛くても、
笑って、誤魔化して、 踏ん張ってきた私が
今、蓮君達の目の前で、 壊れるように泣いている
蓮
その意味を、 3人ははっきり理解した
私は今、完全に彼らのことを 打ち解けている
完全に閉じていた心の扉が、 全開したのだ
一人で抱えてきたものを、 初めて預けている
龍次郎君が、 何も言わずに私の背中に腕を回す
陽斗君も反対側からぎこちなく、強く抱き寄せる
最後に、蓮君が 包み込むように抱きしめた
龍次郎
ねぇっすよ
陽斗
蓮
花
誰も急かさない。 誰も励まさない。 ただ、離れない。
私は三人の胸に顔を埋め、 今まで溜め込んできた涙を、 全部流した
しばらくして、 少し落ち着いた帰り道
陽斗君が空気を壊すように、 ぽつりと言う
陽斗
蓮君が思わず吹き出し、 龍次郎君が苦笑する
龍次郎
それかよ
蓮
陽斗君は照れ隠しみたいに 肩をすくめる
陽斗
ラーメンだろ
陽斗
蓮
蓮
私は目をこすりながら、 小さく笑った
花
花
切り替えさせるなんて
陽斗君は振り返り、 いつもの調子で言う
陽斗
陽斗
女の子の慰め方!
四人は並んで歩き出す
夜の横浜の街に、 湯気と光が滲んでいく
──ラーメン屋の暖簾が、 静かに揺れていた






