朝6時15分に目覚ましが鳴ると共に目が覚めた。
夢にあの子が出てきた気がして、もう一度目を閉じた。
どんな夢だったのか思い出せないけど
心の中に残る余韻はあの子を思い出させた。
多田志保
俺より1つ年上の26歳。俺の人生を変えた人。
洗面所で顔を洗い、自分の顔を見る。
明らかに違うな、あの頃の俺とは。
玄関の鏡でネクタイを整え、深呼吸。
靴箱の上に飾ってある青い海と空の写真に目をやり
今日の1日が始まる。
俺がいないとダメなんじゃないかって思わせるのに
俺がいなくても全然平気な志保。
掴めそうで掴めない
空に逃げていく風船のようで。
時々俺の前に現れては、俺に何かを植えていく。
去った後の、俺の心にはいつも何かが残っていて。
駅の駐輪場で、久しぶりに会った黒猫が俺を見ていた。
あの日もここで会ったな。
あの日お前がいなかったら
あの子に会うことはなかったかもしれない。
俺は黒猫に、ミャアと声をかけて手を振った。
あの朝──。
俺は、彼女に出逢ってしまった。
朝、6時15分の目覚まし時計が鳴ると同時に起き
いつものルーティーンで用意が進んでいく。
家を出る前に洗面所を拭き、掃除機をかける。
玄関でコロコロをして
玄関の鏡でネクタイを整え、深呼吸。
ドアを開けて、出発。
自転車に乗り、電車の時刻より10分前に駅に到着。
満員電車を避けるため、各駅停車に乗る。
運が良ければ座れるが、ほとんどは窓際に立つ。
窓の外の景色を見ながら、今日一日の仕事の予定を立てる。
こんな風に始まる俺の1日は、乱れることなく進んでいく。
仕事でトラブルがあっても、上司に怒られても
俺の1日は台無しになることはない。
それは俺のこの冷めた性格のせいかもしれないが。
すみません、と頭を下げていても
心の中では反省していなかったりってことは日常茶飯事。
親父から言わせれば、典型的な現代っ子だと。
『お前はロボットか!』とも言われる。
感情がないわけじゃない。
ただ、感情によって、自分の心が乱されるのがたまらなく嫌だ。
俺のペースで、俺の1日を進めたいだけ。
熱くなれと育てられた俺と兄貴。
期待通りの熱い男に成長した兄貴と
それをいつも冷めた目で見ていた弟の俺。
多分ね、認めたくないけど俺は怖がりで。
強がっているけど、傷つくのが怖い。
熱くなればなるほど、裏切られた時傷つくから。
今日の俺。
珍しく電車に乗り遅れた。
というのも、駐輪場にいた黒い子猫がじっと俺を見ていたから。
小学校の頃、サッカーをしていた空き地にいつもいた
『クロスケ』を思い出してしまったんだ。
しばらく見つめ合ってしまい、俺らしくもなく、猫に向かって微笑んだ。
サッカーでレギュラーになれなかった小学生の俺は、悔しくて壁にボールを蹴り続けた。
クロスケはそんな俺をじっとただ見守ってくれていた。
五十嵐 爽太
と声をかけると、クロスケはミャアと鳴いて、逃げていった。
それがクロスケを見た最後だった。
なぁ、クロスケ。
お前は捨て猫だったの?
誰かに飼われていたの?
あれから何年経ったんだろう。
こんな風に昔を思い出すのも久しぶりだ。
俺は、切ない気持ちで、いつもより1本遅い電車に乗った。
乗り遅れても、まだまだ時間に余裕がある。
それは俺のポリシーでもある。
時間ギリギリで焦って走ったり、急いで人に迷惑をかけるヤツが好きじゃない。
1本乗り遅れたくらいで遅刻するようなヤツも、バカだと思う。
多田 志保
降りようとした俺の体にぶつかってきた女。
焦ってる。俺の苦手な、遅刻しそうな女だ。
多田 志保
五十嵐 爽太
俺に頭を下げた拍子につまずいた。
五十嵐 爽太
おいおい、勘弁してくれよ。
俺は腕を掴んでしまった。
多田 志保
ちょっと助けただけなのに、ウルウルした瞳で真剣にお礼を言ってくる女を見て
関わらなきゃ良かったと思った。
その瞬間、俺の目の前でカバンの中身をぶちまけた。
五十嵐 爽太
それを無視できるほど、冷たい人間じゃない。
急ぎ足の人々に冷たい目で見られながら必死でカバンの中身を集めているその女を
手伝おうとしゃがみ込む。
カバンの中身…?
え?なんだこれ。
ゴミ箱ひっくり返したのか?
大量のポケットティッシュに、アメやガム。
ガムの包み紙、丸まったティッシュに、レシート。
五十嵐 爽太
多田 志保
俺が手に取ったのは、輪ゴム、ガス代だか電気代の請求書、電池
どっかの店の名刺、どっかの店のおてふき。
降りた電車が発車し、多くの乗客は階段を下りていき
駅には人が少なくなっていた。
都会のど真ん中にあるこの駅は、この時間降りる人しかいない。
五十嵐 爽太
多田 志保
めまいがした。
同じ人間とは思えなかった。
こういうヤツに限って、クーポン券とかやたら大事にするんだよ。
でも、計画性がないから
期限切れててもそのままずっとカバンに入ってたりする。
五十嵐 爽太
俺はハンドクリームを女の手に乗せた。
多田 志保
ハンドクリームとか、イイ女ぶるなよ。
多田 志保
ペコペコと頭を下げながら、カバンの中にグイグイと詰め込む。
多田 志保
五十嵐 爽太
あんなに大量にあったゴミは、綺麗にカバンの中へ収集された。
多田 志保
俺に手渡そうとしたのは、アメだった。
五十嵐 爽太
多田 志保
五十嵐 爽太
多田 志保
五十嵐 爽太
俺はその場から立ち去ろうと、歩き出した。
多田 志保
と背中に声が刺さる。
振り向くと、笑顔の彼女が俺に微笑みながら何度も頭を下げていた。
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待っちゃくわからんぬ
何、これは?チャット小説になってない?普通の小説なら他のサイトで書いて下さい。ちなみに、普通の小説は、ファンです。