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第13話、神田志乃の前日譚…胸がギュッと苦しくなりました。健康で手のかからない子が「透明人間」になる感覚、本当に悲しかったです。熱を出した時にだけお母さんが優しくしてくれて、治ったら元の冷たい態度に戻る…あの落差が、志乃さんを「可哀想な子でいなきゃ」と駆り立てたんだなと。最後の「あたしを愛してよ」という叫びが、心に刺さりました。素晴らしい回でした。
前日譚
「悲劇の演出家」神田志乃の物語
神田志乃
母親
母親
神田志乃
お母さんはあたしの顔をすら見ずにそう言い、 あたしは立ち去ることしかできなかった
家族の誰かが亡くなったわけでもなかった いじめを受けたわけでも、 虐待を受けたわけでもなかった
むしろ逆で、 神田家は普通の家だった
あたしのお母さんとお父さんは、 村では「おしどり夫婦」を演じていたが、 実際は喧嘩ばかりしており、 お世辞にも仲がいいとは言えなかった
父親
母親
父親
今日もくだらないことで言い争い、 狭い我が家には、 どこからでも怒号が飛び交う
あたしは醜い両親を冷ややかな目で見つめていた 次の瞬間、
神田進
あたしの5歳下の弟、 「進」が突然泣き出したのだ
母親
神田進
父親
すると、さっきまで激しく罵り合っていた両親の態度が一変 両親は一瞬で「優しい父母」の仮面を被り、 駄々を捏ねて泣く進をあやし始めた
その時、 横にいるあたしの存在は、 完全に消えていた
神田志乃
もう小学六年生になったのに、 脳裏に幼稚な考えが過ぎる
知らず知らずのうちに、 「陰の薄いお姉ちゃん」として振る舞うことに疲れていたかもしれない
進とお父さんがいなくなると、 今度は…
神田雪子
母親
7歳下の妹、「雪子」が咳をした 雪子は生まれつき、身体が弱い子だった
そのため、 お母さんは雪子が少し咳をするだけでも、 すぐさま雪子の元へ駆け寄り、 優しい手つきで背中をさする
優しく接するお母さんに安心したのか、 雪子は私に似た大きな目から、 涙を流した
神田雪子
母親
神田志乃
神田志乃
自分からお手伝いをすると言い出せば、 笑顔でありがとうと言ってくれる
そんなバカなことをまだ、 この時のあたしは信じていた
しかし、 当然期待していた結果が来るはずもなく…
母親
母親
神田志乃
母親
やっぱり、 お母さんはあたしの顔を見ようともせずに、 さっさとあたしのことを追い出した
お母さんの後ろ姿を多く見ていたから、 あまり顔を見ていないものの、 お母さんの目は冷ややかだったのは、 一瞬の間だけでもわかった
そんなお母さんの視線が、 一瞬だけあたしの方を向いたが、 お母さんの目はすぐに雪子の方へ向いた
神田志乃
神田志乃
病弱な雪子に対して、 嫉妬のような感覚を覚えた
健康で、いつでも自由に走れる体 部位が何一つ欠けていない体 親が常に一緒にいなくても、特に支障のない体
やっぱり、健康な体でいることは、 この家では透明人間のように陰の薄い存在になるのと、 同等なんだと、 今、ここではっきりとわかった
目の前で大きな絶望を味わい、 元気のない足取りで外へ行く
洗濯物くらい、 洗濯できる子でいないとダメだもん…
ある日のことだった
神田進
進がの角に頭をぶつけて、 頭に小さなタンコブを作った
進の泣き声が我が家で響いたその瞬間、 お母さんは血相を変えながら、 進を思い切り抱きしめる
母親
母親
それは、 あたしがおやつで食べたいと言っていた、 ビスケットだった
お母さんはあたしにはくれなかったビスケットを、 痛がりながら泣く進を泣き止ませるために、 ビスケットを与えた
神田進
母親
ビスケットを見ると、 進はすぐに泣き止み、 美味しいと言いながら、 笑顔でそれを食べていた
あたしは食べたいと言っても、 食べさせてもらえないのに、 どうして進だけ…
神田志乃
嘘泣きでもしたら、 お母さんはあたしのことを抱きしめてくれるのかな
神田家で透明人間としてあり続けた、 ある日のことだった
朝に体を起こそうとすると、 猛烈なだるさと眩暈があたしのことを襲った
視界がぐるぐると歪み、 立っているだけでも精一杯だった
母親
中々起きてこないあたしを、 お母さんはいつものように起こしてきたが、 あたしの様子がいつもと違うことには、 流石に気づいていた
神田志乃
母親
お母さんはあたしのおでこに、 冷たい手のひらを乗せた
母親
母親
すると、 とても熱かったからか、 お母さんは吃驚していた
なんと、あたしは高い熱を出していたのだ
お母さんはいつもとは違う優しい言葉をかけてくれて、 あたしの小さいおかっぱ頭をゆっくりと撫でた
神田志乃
母親
お母さんはどこからか布団を持ち出してきて、 重たい布団を何度も重ねるように、 乗せていった
その時、 あたしの心は今のおでこのように温かくなった
神田志乃
神田志乃
雪子のように、 病弱な子に憧れていた理由がこれだった
いつでも外を走り回れるような、 健康な子供なら、 いつもこんな思いはできないし、 お母さんもいつもはこんなに優しくないはずだ
やっぱり、 病気になって、 可哀想な目に遭うと、 みんながあたしに優しくしてくれるんだ
お母さんがいつも、 こんなに優しかったらいいのに
昨日までは立つことすら精一杯だったのに、 翌日には熱が下がっていた
布団をたくさんかぶって汗をかいたからか、 ぶり返すことのなく、 すぐに治った
母親
神田志乃
神田志乃
あんなに優しかったお母さんはどこへ行ったのか、 あたしの熱が下がった瞬間、 いつもの冷たいお母さんに戻った
どうしてこんなに寂しいかは、 小さい体と脳みそででは、 考えても考えてもわからなかった
それでも、 あたしが病気で可哀想な子になれば、 この前と同じようにあたしに優しくしてくれる、 あたしを見てくれる
そう思い、 あたしはこの日以来、 度々仮病を使うようになった
でも、 所詮は幼い子供の仮病 お母さんは熱がないと優しく看病してくれなかった
いつしか、 お母さん以外の周囲の子供に対してでも、 心配してもらいたくなった
仮病だけではなく、 わざと怪我をしたり、 不幸な子を演じるために、 よく嘘をつくようになった
罪悪感はなかった こうしたら愛されると、確信していた
クラスメイトの女子
神田志乃
クラスメイトの女子
神田志乃
本当はお父さんにやられただなんて、 そんなことはなかった
本当は、 あたしがわざと壁にぶつかって作った痣だった
だけど、 あたしはもう手遅れだった
クラスメイトの女子
神田志乃
神田志乃
周囲の心配する目と同情の言葉で、 あたしは胸が温かくなる感覚を覚えた
周りが自分のことを見てくれるのは、 あたしが不幸な目に遭った時だけ
だから、あたしは次第に、 可哀想な子」にならないと、 意味がないと感じるようになる
ある日、嫌いだったおばあちゃんが死んだ
死因は持病が悪化したからだと、 お母さんから聞いた
だから、あたし達神田家は、 おばあちゃんのお葬式に出ることになった
正直言うと、 小言もうるさいし感じ悪かったから、 いなくなって気分は良かったが、 それを表に出せば「可哀想な子」ではなくなってしまう
だから、 あたしは愛されるために磨いてきた、 「嘘泣き」をここで披露することにした
神田志乃
少し悲しい出来事を思い出すだけで、 自分でもびっくりするほど、涙が溢れ出てきた
すると、 親戚の人たちが葬式中に泣くあたしの姿を見て、 ヒソヒソと話し始めた
親戚
親戚
親戚
「おばあちゃんが亡くなった可哀想な孫」として、 あたしは葬式という名の舞台で、 あたしが主役としてスポットライトを浴びている
周りの同情される、悲劇の中心になれるから、 お葬式は大好きだった
神田志乃
神田志乃
泣く演技をしている途中だが、 不覚にも口角が吊り上がりそうだった
それを抑えるのに、 あたしは必死になっていたが、 周りからは本当に泣いていると思われているから、 まぁ、いっか
あたしが通う小学校に、 転校生の露子ちゃんがやってきた
悔しいけれど、 あたしよりもずっとべっぴんさんだったし、 立ち振る舞いも大人びていた
だけど…
一ノ瀬露子
ここまでのぶっ飛んだ子だとは、 思っていなかった
神田志乃
あたしにはこの子のことなんかどうでもいい だけど、「可哀想なあたし」を輝かせるためのお飾りになると思った
あたしは野良猫がどうなろうとどうでも良かった だけど、あえて「そんなのおかしいよ」と否定して、 体を震わせて、怯える少女を演じた
しかし…
一ノ瀬露子
神田志乃
露子ちゃんは動じなかった そんなあたしの姿を見ても、お構いなしに急かした 最初から、あたしの演技を見抜いていた…?
表情ひとつ変えずに、 露子ちゃんからは無実の猫に対する 罪悪感が一つも感じ取れない
なんだかあたしの行動を監視されているような気分になって、 少し腹が立った おまけに顔が可愛らしいのも腹が立つ
次のかごめかごめが始まった 今度は、露子ちゃんが「後ろの正面」を当てられなかった
一ノ瀬露子
神田志乃
あたしは露子ちゃんに 刃物のように鋭い形をした石を手渡しする
一ノ瀬露子
神田志乃
さっきの腹いせで言った こんなことをしたら、 あたしが加害者になってしまうかもしれないが、 疑われた時には同調圧力に負けたって泣けば問題ない
そもそも、 こんなか弱そうな子が、 石で自分の腕を傷つけるだなんて、 怖がってやらないに決まっている
そう確信していたが、 どうやら、露子ちゃんは違ったみたい
一ノ瀬露子
露子ちゃんは嫌な顔一つせず、 淡々と自分の腕を石で思い切り削り始めた
眉を顰めることもなく、 皮膚を削るぎこちない音だけが響く
神田志乃
雪のように白く、 細い腕に傷がつく
あたしは思わず露子ちゃんを制止しようとしたが、 この子はそれでも止める仕草すらしなかった
痛がらないし、我慢する様子さえ見せない そんな露子ちゃんに、底知れぬ狂気と恐怖を感じた
都築慎一
一ノ瀬露子
慎一くんですら心配するほどの傷 露子ちゃんが何も考えていないはずがなかった
「無意識のうちに傷つけてしまう可哀想な子」を演じて、 自分がスポットライトを浴びようとしているに決まっている
神田志乃
今にも消えてしまいそうなほど、 儚い笑顔で笑う露子ちゃんを、 あたしはギロリと睨んだ
露子ちゃんが「ここで遊びたい」と言い、 滅多に近づかない坑道へやってきた
しかし、 最後のかごめかごめの途中で、 坑道が崩れ落ちて、 露子ちゃんが瓦礫の下敷きになった
一ノ瀬露子
都築慎一
慎一くんは、 露子ちゃんが死んだことがきっかけで、 初めて涙を流した
あんなに無表情でどこか不気味な慎一くんが、 こんなに泣く姿、今まで見たことがなかった
そして、 あたしを置いてけぼりにして始まる「二人のステージ」
不覚にも「ズルい」と思った あたしよりも可哀想なのは、許せなかった
あたしは陽一くんに舌をペンチで抜かれそうになった 彼はあたしが憎くてやっているわけではない むしろ、善意でやっていた
そして、 あたしの図星を突かれ、 あたしの嘘を全て暴かれた
あたしは嘘を全てひっぺがされた悔しさで、 暴れるしかなかった
神田志乃
さっきまでの怯えた態度なんか、 嘘に決まっている
都築慎一
慎一くんは鋭い目つきでそう言った
神田志乃
神田志乃
そうに決まっている そうに決まっている そう思い込んでいた
慎一くんは、 それ以上何も聞こうとはしなかった
神田志乃
あたしは等々気が狂ってしまったのか、 坑道から飛び出して行った
神田志乃
あたしは感情を制御することはできなかった 今まで偽っていた本当の感情を剥き出しにしていた
ここが、 外であることである忘れていたほどだ
大人
大人
神田志乃
神田志乃
数多くの大人たちに取り押さえされながら、 あたしはどこかに連れて行かれた
その「どこか」とは、 「精神病院」だ
それも当然だろう 村で大声で叫ぶ子なんか、 まともな子じゃない
でも、 あたしは元の生活に戻りたいとは思わなかった
これも、ある意味「いい道具」だもの
あぁ、あたしってば可哀想な子