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あまりの眩さに目を細めた瞬間、アキレス腱が痛んだ。
靴擦れだ。
実はさっきから痛かった。
おろしたての靴で長い階段を上り、足はガクガク、アキレス腱はズキズキ、息はハァハァで、ボロボロ。
情けない。
その上、私の妄言に鴻上さんを突き合わせてしまい、申し訳ない。
彼の手を取れないまま、あと二段のところに来て、バサバサバサッという音と共に埃が舞った。
思わず目を閉じる。
ハト――!??
そう思った時には手が手摺りを離れ、踏ん張ろうとしてアキレス腱が痛み、腰を屈めてしまった私はバランスを崩して尻もちをつくような格好になった。
もちろん、尻もちはつかない。
だって、お尻がつく地面が遥か下だから。
このままでは、尻か背中か頭を階段にぶつけ、その弾みで後転、もしくは横転の格好で転げ落ちる。
頭の回転が速くない私だが、それは容易に想像できた。
そこでようやく思う。
落ちる――――!!
「乾さん!」
極上ボイスにカッと眼を見開くと、慌てた表情の極上イケメンが私に手を伸ばしていた。
この手を掴んだら、極上イケメンさんのお顔に傷を作ってしまうかもしれない!
確かにそう思ったのに、人間の本能と反射行動とは制御が難しく、私は差し出された手をしっかと掴んでしまっていた。
グイッと勢いよく引き上げられ、今度は前のめりになって顔面からダイブした。
一瞬、いつか見たホラー映画のワンシーンを思い出す。
顔の皮を剝がされ、血まみれで、その顔を鏡に映した女が絶叫する。
あの女のような血まみれの自分を想像したが、幸運なことに鼻を強打するだけで済んだ。
「へぶっ!」
鼻をぶつけた瞬間、変な声が出た。
もう、スカートがどうのなんて言っている場合じゃない。
私の膝は地面に擦れているし、パンプスも脱げた。けれど、鼻こそぶつけたけれど、顔面から地面に着地は免れた。
その証拠に、鼻以外は痛くない。
それどころか、温かい。
「あ……っぶね……」
耳元で囁かれ、ハッとした。
恐怖にギュッと瞑っていた瞼を開くと、いかにも高級そうな時計が目に入った。
ピカピカのシルバーのフレームの中には、数字の代わりに黒い石が埋め込まれている。
「わ……。綺麗……」
とても小さな石なのに、間近で見ると吸い込まれそうなほどの完璧な黒い艶から目が離せない。
「大丈夫?」
「え?」
声が降ってきた方を見上げると、極上イケメンさんの超ドアップがある。
アップなだけじゃない、唇同士が今にも触れそうな近さで、私は思わず身を捩った。
けれど、鴻上さんの両手でしっかりと抱きこまれた私は、あまり身動きできなかった。
「危ないから」
言われて、キョロッと眼球を動かして、気が付いた。
私は鴻上さんに抱き締められたまま、お尻から下を階段の下に投げ出している。最上部に座っているのだ。
鴻上さんの両足も二段下にある。
彼の腕の中で藻掻けば、バランスを崩して階段下に真っ逆さまというわけだ。
落ちていたかもしれない。
そう思うと、今更恐怖で震える。
思わず、鴻上さんの腕にしがみついた。
「ありがとうございます」
なんとか声を絞り出す。
「巻き込んでしまって、ごめんなさい」
「良かったぁ……」
更にぎゅうっと抱き締められ、今度は恐怖ではなく緊張で身体が震えだす。
なんてことでしょう。
極上イケメンさんはいい香りまでする。
「怪我はない?」
現状を忘れて、思わず妄想に耽りそうになったが、彼の言葉で正気に戻った。
「すみません! あの、はい! 大丈夫です」
いつまで抱き締められているつもりだと身体を起こそうとするが、彼は腕の力を緩めない。
「危ないから、ゆっくり立ち上がろう」
「はい……」
鴻上さんの腕に抱えられたまま、二人で立ち上がり、階段から離れる。
「あ、靴……」
振り返って見下ろすと、おろしたてのピンクのパンプスがちゃんと仰向けで着地していた。
見れば、ストッキングは黒く汚れて、スカートは叩けば埃が出る。
散々だ。
だが、命は助かった。
階段から転げ落ちていたら、死にはしなくても骨折は免れなかったと思う。たとえ免れても、打撲や擦り傷は間違いない。救急車搬送確定。
そうならなかったと思えば、服など些末な問題だ。
気持ちを切り替えて、私は鴻上さんに深く頭を下げた。
「鴻上さん。助けていただき、ありがとうございます。お怪我はありませんか?」
私を抱きとめた反動で座り込んだのなら、お尻にかなりの衝撃があっただろう。
それだけじゃない。
見るからに高級そうなスーツを汚してしまった。
「大丈夫」と、鴻上さんはイケメンスマイルで私を悩殺する。
が、今は涎を垂らしている場合ではない。
「スーツ、弁償……は分割になってしまいますが、クリーニング代はお支払いさせてください。あ、それどころじゃないですよね。このままじゃ会社に行けない……」
いち事務員の私とは違い、彼は専務補佐だ。汚れたスーツで出社するのも、こんなくだらない理由で欠勤するのも許されないだろう。
「あのっ、私、専務にも謝罪を――」
「――いいの、いいの。昨日も言ったでしょ? ホントの出勤は来週からなんだ。今週は下見? 慣らし? だから」
「ですがっ――」
「――それよりも、乾さんの方が困ったな。会社は目の前なのに」
なんていい人!
鴻上さんは本当に困ったように眉をひそめた。
「大丈夫です! ストッキングは予備がロッカーにありますし、そもそも、会社に行けば制服に着替えますから」
「あ、そっか。制服か」
「はい! なので、私のことはお気遣いなく」
「じゃあ、とりあえずきみの靴を取ってくるから、ここで待ってて」
「え!? あ、いや、そんな――」