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「帰ってくれば会えるじゃん? でも時間合う時は一緒に帰ろう。それより私、気になってることがあるんだけど……」
「なに?」
「今さらなんだけど、同棲してること、ちゃんと亮介のご両親にお話しして、ごあいさつさせてもらえないかな」
「あぁ、そっか。そうだね」
「時間ってどっかで取れそう?」
「親に都合聞いときますね。けっこう元気のいい人たちなんで、びっくりしないでください」
「お願いします」
未央は、亮介の両親を思い描いていた。
亮介のキャラ変も、橋本先生が女性でいることも受け入れてきたであろう亮介のご両親。穏やかで前向きな亮介をみれば、どうやって育てられてきたのかわかる。
どんな人なんだろう。「未央の両親や、おばあさんのお墓って静岡にあるんですか?」
「そうだよ。そういえば最近お墓参り行ってなかったな。今度の休みにでも、いろいろ報告がてら、行ってこようかな」
「僕も一緒に行ってもいいですか」
「一緒に?」
「はい、僕もごあいさつしたいです」
ごあいさつ。
未央は亮介がそう言ってくれたことがすごくうれしかった。
亡くなった家族だけど、大事にしようとしてくれている。それがその一言で十分すぎるくらい伝わった。
「ありがとう、うん。一緒に行こう! きっとみんな喜ぶよ」
「せっかくなら、未央が育ったところも見て周りたいな」
「わかった。静岡市っていっても奥の方だから、田舎だよ?」
「僕も育ったの|東京《ここ》じゃないんで。大丈夫です」
「そうなの?」
未央はてっきり、亮介は都会のおぼっちゃま育ちだと想像していたので驚いた。
「実家は鎌倉です。働くようになってからは、こっちに出てきましたけど。母はそこで刺しゅう教室をしています」
「へーっ、じゃあお父さんは鎌倉から通勤してるんだ」
「そうです、電車で1時間ちょっとかかりますけど、その間にいろいろ思いつくこともあるみたいで。通勤時間も楽しいって言ってました」
「鎌倉、行ったことないな」
「じゃあ、今度案内しますよ」
「楽しみにしてる!」
あしたに備えて、きょうは早く寝よう。
亮介と一緒にベッドにもぐりこむ。やっとその感覚にも慣れてきた。
誰かがいつも一緒にいてくれる。それが亮介であることが、夢のようでうれしかった。「今月から新しく、レシピ開発部に配属になった篠田未央さんです。普段は松野駅スタジオ勤務よ。みんなよろしくね」
亮介の姉、橋本あきに紹介され、未央は本社のレシピ開発部のキッチンで、ほかのメンバーにあいさつしていた。
あきはエリアマネージャーだが、レシピ開発部の部長も務めていて、レシピの最後の|決《けつ》は、あきが音頭をとっている。
「篠田未央です。一生懸命がんばりますので、よろしくお願いします」
緊張した面持ちでペコリと頭を下げると、パチパチと温かい拍手をもらった。
最初のつかみはこんなもんかな。出過ぎず、下がりすぎず、なんとなくこの雰囲気に溶け込んでいかなくては。
新しい人がどんな人か、というみんなの緊張と期待。頭の先からつま先まで見られる感覚。
声のトーン、速さ、体の動き。すべてをいかに《《普通》》に見せるかに集中する。ニコニコ笑顔でちょっと弱そうな雰囲気。
舐められても困るので少しだけ化粧濃いめに。新しいところに入るのはずいぶん気を使う。
そして肝心なのは人間観察。
どの人がどのポジションにいて、カーストを作っている頂点は誰なのかをひたすら観察する……と、一連の溶け込むための行動を考えてきたつもりだったが、そんなものはいっきにふっとんだ。「じゃ、さっそくやろう! きょうは2月の料理メニュー、基礎1と2と応用。3つ一気に考えるから、覚悟してね」
仕切り始めたのは、あきではなくレシピ開発部の最年少、25歳|立花朱里《たちばなあかり》だった。えっ! 彼女が仕切るの? と目を疑うくらい小柄で華奢で、かわいい感じの人。