家に入ると岳大は重い登山ザックを廊下に置きすぐに優羽を抱き締めた。
優羽もギュッと岳大にしがみつく。そして二人は唇を重ねた。
しばらく熱い抱擁を交わした後、優羽はやんわりと岳大の胸を押して言った。
「疲れているんだから今日は休まないと」
「やっと会えたのに?」
「遭難しかけたのよ? まずはゆっくり休んで体力を回復しないと」
「ハハハ、残念だけどそうだな。実は優羽の言う通りもう限界で身体が悲鳴をあげてる。僕も歳だな……」
「フフッ、その為に私が来たんだから明後日までゆっくり休んで。それでなくてもこの後は店舗のオープンで忙しくなるんだから」
「うん、ありがとう」
岳大は嬉しそうに言った。
それから優羽はキッチンへ行くとすぐに風呂のスイッチを押す。風呂が沸くと岳大はバスルームへ行った。
その間に優羽は夕食を作り始める。
冷蔵庫にはかろうじて鍋の材料があったので温かい鍋を作る事にした。
そしてご飯を炊き込みご飯にする。
デザートはリンゴにした。
急いで作ったのでゆっくり入浴していた岳大が風呂から上がる頃には夕食の支度が整った。
岳大はスウェットの上下を着て、バスタオルで頭をゴシゴシ拭きながら洗面所から出て来た。
口の周りにびっしり生えていた無精ひげはいつものような手入れされた無精ひげに戻っていた。
身体の芯から暖まった岳大の肌はほんのり赤みが差していた。
テーブルの上の料理を見た岳大は、
「美味しそうだね」
と嬉しそうだ。
優羽が「どうぞ召し上がれ」と言うと岳大はすぐに食べ始める。
よほどお腹がすいていたのだろう。
食事が終わり優羽がリンゴの皮をむいていると岳大は仕事用のパソコンでメールをチェックしていた。
その後はリンゴを食べながらテレビのニュースを見始めた。
ニュースでは涸沢カールで発見された4名の登山者の続報が流れていた。
優羽が出かける前に見たニュースでは4名のうち2名は死亡、2名は意識不明の重体だったが最新のニュースでは残りの2名も死亡したと伝えられている。
「全員もダメだったのね」
「下山途中で会った山岳救助隊から聞いた話だと彼らは装備がかなり甘かったらしいね」
岳大はそう説明するとフーッとため息をついてソファーに横になったままニュースを見ていた。
しばらくして優羽がソファーを見ると岳大はうとうとし始めている。
それに気づいた優羽が慌てて岳大を起こした。
「ここで寝ないで2階で寝て」
「あ、うん、じゃあ今夜はお言葉に甘えて先に寝かせてもらうよ」
岳大は優羽の頬にキスをするとそのまま2階の寝室へ向かった。
岳大はベッドに横になりながら思う。
本当はすぐにでも優羽を愛したいと思っているのだがどうにも身体の自由が利かない。
だから今夜は諦めてこのまま寝る事にする。
眠りに落ちながら岳大は優羽が走って来た時の事を思い出していた。
岳大の姿を見た途端優羽は泣きながら走って来た。あの泣き顔を見て岳大はある事を決心していた。
いや、実は以前から少し考えていた事だったが優羽のあの姿を見て岳大の決意が固まった。
岳大は危険を伴う登山の仕事からは引退しようと考えていた。
あまり危険性のない山岳写真は続けるが登山からは完全撤退する。
今の岳大には優羽と流星という守るべきものが出来た。大切な人達を守る為にも危険度の高い仕事から手を引く事にした。
(そう言えば優羽の指輪を見るのを忘れていたな)
岳大は笑みを浮かべるとそのまま深い眠りの中へ落ちていった。
岳大が寝室へ行った後、優羽は明日の朝食の準備をしてからリビングをサッと片づける。
岳大の荷物の片付けや洗濯は明日に回して優羽も風呂に入る。
この日優羽も久しぶりにゆっくりと風呂に入り冷え切った身体を温めた。
風呂から上がると岳大が眠る寝室へ向かう。
寝室へ入ると岳大は寝息を立ててぐっすりと眠っていた。
優羽は岳大の隣にそっと滑り込むと息をひそめて岳大の顔をじっと見つめる。
瞑った目の下にはうっすらとくまが出来ている。それは岳大が雪山で過ごした過酷な状況を物語っていた。
ベテランの登山家に欠かせないものは強い精神力、忍耐力、そして強靭な肉体と冷静な判断力だと以前誰かが言っていた。
そのすべてを兼ね備えている岳大は本当に凄い人なのだと改めて思う。
『山は生きていく上で必要な術を教えてくれる』
岳大は以前こんな事を言っていた。
きっと岳大は山に登る事で強い自分を育てて来たのだろう。
優羽はそんな岳大の事を心から尊敬している自分に気付く。
そしてそんな素晴らしい男性と出逢えた奇跡に感謝の気持ちでいっぱいだった。
優羽は無意識に手を伸ばすと岳大の目にかかる前髪を撫でつける。
今までこんなに愛おしいと思った人はいなかった。
優羽は岳大の事を考えれば考えるほど胸がキュンと疼くのを感じていた。
そして優羽は岳大に寄り添い目を閉じる。
傍に岳大の匂いと温もりを感じながら優羽は安心感に包まれながら深い眠りへと落ちていった。
コメント
2件
岳大さん引退を決断したんですね。 私はどちらを選択しても岳大さんらしいなと思ったとと思います。 でも山岳写真家は続けるとの事、岳大さんならではの、力強く温かく心安らぐ写真を撮り続けていって欲しいです( ᴗ̤ .̮ ᴗ̤人)
東京ではきっと流星君のママとして頑張ってきた優羽ちゃん。この山荘で岳大さんと出会って、1人の女性としても優しさとうちに秘めた強さを併せ持って流星君だけでなく、岳大さんやたくさんの優羽ちゃんを応援してくれる人に囲まれて本当に幸せそうだし、周りの人も幸せにできるとても素敵な優羽ちゃん😀💓 岳大さんも優羽ちゃんの為に登山家🧗を卒業🎓✨これからはパパとしても活躍だね‼️その気持ちがとても嬉しいよ〜😂🥹✨❣️