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(何あれ……!)
影から出てきた狂犬は、涎を垂らし、真っ赤な目で私を睨み付けている。今すぐにでも飛びかかってきそうな勢いのそれを、私はただただ見つめることしか出来なかった。後ろに一歩でも下がれば、その好きに飛びかかってきそうな。
影から犬……これは、魔法で作られたものなのか、それとも影に魔物を住まわせていたのか。どちらか分からないけれど、危険な状況には変わりなかった。数でいえば、一対四。数的不利なのは誰が見ても分かる。けれど、逃げるなんて選択肢とることができなかった、いや、とれなかった。
(転移魔法は、基本光魔法の人間は使えないし、かといって大通りに出て被害が出たら困る……ここに誰かいたらどうにかなったのかも知れないけれど)
二人なら相手できると思っていた。けれど、人ではないと言え数が増えてしまったのは、どうにも解せぬ。彼らは犬を使役するだけではなく、魔法をも打ってくるだろうし、だとしたらずっとよけ続けるのは不可能に近い。それに、道幅が狭く、逃げ道なんてない。
アルベドみたいに、屋根の上を走って逃亡とかも考えたが、目立つのはよくないと。同この場を切り抜けるか。まだ、後ろに逃げ道があるだけマシなのだが、あってないようなものだった。
「どうした、さっきまでの威勢は」
「見栄っ張りだったか。驚かせやがって」
と、黒衣の男たちは鼻で笑う。どうやら、私が見栄を張っていたことがバレたらしい。まあ、何も行動を起こさなければ、そう考えるのも無理ないだろう。まあ、それだけ油断しているということにもなるけれど。
(でも、どうするの?魔法でこの二人と二匹を拘束できたとして、その間に逃げるとか?)
いやいや、魔法が続かないだろう。無限の魔法を持っていたとしても、イメージが途切れれば、その時点で魔法は解除される。彼らが手練れなのは何となく見て分かるし、すぐに折ってくるだろう。まるで、前の世界で皆に追われていたときのような感覚に……そんなの感じたくない。
「ブライト・ブリリアントを逃がそうとしたその雄志だけは誉めてやろう。だが、貴様はここで死ぬんだな」
「我らの邪魔をするものは、誰であろうが始末する!」
二人は、手に魔力を集め始めた。ガルル……と狂犬も吠える。今すぐ私の身体を貪りたい、血肉に飢えた獣がそこにいる。隙を見せるわけには行かなかった。
けれど、どのように逃げれば良いか分からなかった。逃げるなんて選択肢を考えている時点であれかも知れないけれど……そんなことを考えているとふと頭にある人物の名前が浮かんだ。こんなこと言って良いのか分からないけれど、もし脅しに使えるのなら、そう思ってしまったのだ。
「――ラヴァイン」
「は?」
「私は、ラヴァイン・レイのお気に入りだけど?」
「ラヴァイン……様の?」
二人は顔を見合わせた。さすがに、ラヴァインの名前を知っているようだ。そして、私がラヴァインのお気に入りであると嘘をつくと、それに一瞬でも反応する。ラヴァインがいかにヘウンデウン教の中心にいるか分かってしまって、怖くなった。そんな彼も更生して……だったのに、それも無かったことになってしまって。
ラヴァインの名前を出して、彼らが怯み、次にどんなことをいうのか、言葉を待っていた。ラヴァインのお気に入りといえば、私への攻撃を止めるのではないかと、そんな安直な考えではあったが、かなり効果はあったようだ。
「何故、ラヴァイン様の名前を知っている」
「だ、だから、お気に入りだからよ。レイ公爵家の次男……」
「それは、誰でも知っている情報だろう」
と、突っ込みが入る。確かにそれはそうなのだけど、表舞台に出てこない人だから、マイナーなのかなあーとかなんとか思っちゃって。黒衣の男たちは、おかしいと眉間に皺を寄せていた。不信が彼らの中に芽生え、私にそれが向けられる。不味い、と私は取り繕う。
「お気に入りは、お気に入りよ。私をここで殺したら、ラヴァイン・レイに何て言われるかしら」
「……本当にお気に入りなのか」
「そんな話し聞いたことがない」
そりゃ、話していないからね。と、誰も突っ込んでくれないので、自分でツッコミを入れて、見栄を張る。全部嘘。いや、お気に入りといえば、お気に入りだったのかも知れないけれど、それは私から見てどうこういえる問題ではなかった。でも、少なくとも彼と私の間には何かあった。でも、今はないだけ。
自分のいっている言葉というか、態度が悪役そのもので嫌になるけれど、ここでオタクとか、弱虫とかそういう一面を出したら負けだと思ってどうにか虚勢を張る。
知っている人から見れば、それはもう寒いと思う。でも、今はそんなこと関係無い。この場を切り抜ける方法が、これならそれに縋るしかなかった。
「だから、今すぐ私への攻撃をやめて」
「貴様は、仲間だというのか」
「ならば、何故、ファウダー・ブリリアントを逃がした。彼奴は……あの方は」
「混沌、何でしょ?」
「……っ」
ここまで言うつもりはなかったが、もうやけくそだった。いってどうにかなるなら、とことん利用してやる。だって、私は言えば未来から来た存在で、何でも知っているのだから。ここら辺のモブ同然の信者に何か言ったとしても、大きな影響はないだろうと。
私が、ファウダーが混沌であるといえば、彼らの挙動は明らかにおかしくなった。まあ、でも、ヘウンデウン教の仲間とは思われたくないのだけれど。
(てか!さっき、通りすがりの善人とかいっていたくせに、意味分かんないじゃないこんなの!?)
それに乗って騙されてくれる、この二人も二人なのだが、それに気づいたとき、明らかにおかしいと私は叩かれるに違いない。そうなったら、もう逃げようがない。
生きる為に必死という言葉が今の私にぴったりだと思った。汚い手を使っている自覚はあるし、ラヴァインの名前も出してしまった。きっと、このはなしはラヴァインの耳に入ってしまうだろう。此奴らを生きて帰せば……
(――て、殺す気はないんだけどね!?)
アルベドだったら殺しそうとか思ったけれど、さすがに私に、罪はあるけど、人を殺すような勇気はない。悪いことをしていたとしても、法で裁かれるべきだと思っているし。そんなところが現実主義者でも、この世界は平等じゃなくて、魔法という……そこまで考えて、全て頭から消し去って、動向を伺う。
「何故それを……」
「知っているもん」
「なら、何故逃がしたというのだ!」
「だから、気まぐれだし。さっき言ったじゃない。善人だって」
「ヘウンデウン教の味方ではないと」
「弱いものの味方よ!」
「やはり、信用出来ない……」
黒衣の男は再び魔力を集めた。もう、多分話が通じないと思って私も臨戦態勢に入る。最悪だけど、この二人と二匹を相手にしないといけない。
(あの、犬がどういう原理で出来ているかだけ掴めれば……)
本物の魔物か、それとも魔法が創り出した幻獣の類いか……戦ってみないと分からない。でも、戦っている最中、そんな余裕なんてないのかも知れない。そうして、彼らは、集めた魔力を弓状に変えて、私に向かって先ほどの黒い炎の矢を放つ。光の盾を生成し、それらを防ぐことには成功したが、真っ黒い炎があたりをおおい、狂犬の動きを覆い隠した。そのため、光の盾を一瞬緩めてしまい、犬の攻撃が障壁を破る。そして、二撃目――
「……っ」
「ステラ様、ここにいたのですね」
白煙をまき散らしあらわれたのは、ノチェ。犬の攻撃は、ノチェの大きな斧によってふさがれ、黒衣の男たちの方に狂犬は戻って行く。ノチェは、ガンと、斧を地面にたたきつけると、私の方をちらりと見て、黒曜石の瞳を鋭く尖らせた。