テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
濃厚な一夜を経て、“剣叶糸”と“南風アルカナ”の結婚式当日となった。 予定通り、南風侯爵家に叶糸が婿入りする形での結婚だ。遺言書の不備により、これで叶糸は相続していた全てを放棄した事になる。結果として、剣男爵家の現当主である剣惺流が、剣エイガの残した全財産を手にする事となった。
大金を使って迎え入れた叶糸が、まさか剣家の戸籍から抜けるとは想定していなかったエイガのミスが招いた結果だが、一度全てを譲渡してしまえば、叶糸へ向いていたヘイトも一旦はリセットされるはずだ。それを思えば、安いものだろう。
(冷遇していたんだ。ちょっと考えりゃ簡単に想像出来ただろうに……。でもまぁ、どうせサリア姉さんが全部奪い返してくれるしな)
——なんて、花嫁衣装を身に纏いながら考える様な事じゃないか。
「時間だ。そろそろ会場へ向かおうか」
都内に新設された結婚式場の控え室で一人待っていると、ふわりと笑いながらアルサがやって来た。彼も今日は和風の礼装姿である。
「あぁ」と短く返し、アルサが差し出す手を取る。代々呉服問屋として財を成した星澤家が用意した、和の中に洋風テイストもふんだんに取り入れた衣装に身を包み、ゆっくり椅子から立ち上がった。
アルサの父親が私の『父』でもあるという設定なのだが、彼はエスコート役を譲らなかった。私としても、隠居して領地暮らしをしている顔も合わせた事のない『父親』に同行してもらうより、すっかり慣れ親しんだ『兄』に付き添ってもらう方がありがたい。
なので参列する『父』には、式の直前で脚を骨折してしまった体でいてもらっている。『地球』とは違ってハコブネには回復魔術があるから、今は少し大袈裟に包帯を巻いているだけだが。
「緊張してる?」
「いや、全然」と、可愛げもなく返してしまった。でも本当の事なので仕方がない。『花婿』に恋愛感情を抱いた状態での結婚式ならば、喜びと期待で胸が一杯になったり、緊張もするんだろうが——
(私にとっては、最終的な目的を果たす為の過程でしかないからなぁ)
「さて、さっさと済ますか」
「男前だねぇ」と、アルサは楽しそうに軽く笑った。
南風家から連れて来た補助係の女性とも廊下で合流。ドレスの裾を持ち上げてもらいながら、私達は結婚の儀の開始を告げる雅楽が演奏される中、斎主と巫女に先導されつつ式場へと向かった。
大きく分けて、神前式、教会式、仏前式、人前式の四つのスタイルが『地球』にはあるそうだが、『ハコブネ』ではそれらも見事にごった煮だ。和装姿なのに教会で式を挙げたり、小さめのワイングラスで御神酒を飲んだり、自宅の仏壇の前で御先祖様に誓いを立てながら指輪を交換したりと、その組み合わせは相当数に渡る。
『ハコブネ』に『結婚式』という仕組みを導入した当時の『管理者』の知識と解読能力不足が、未だに尾を引いているみたいだ。
(でもまぁ、一世一代のイベントを当人同士の好きに組み合わせられると思えば、悪くはないのか?)
此処まで細かい事なら『ノア』も気にしないだろうし、全てが全て『地球』通りにしないといけない訳でもない。今からこれらを軌道修正していくのは、正直ものすごく面倒だからな!
星澤家所有のこの結婚式場は、全体的に和風テイスト強めな作りになっている。『地球』でいう所の『神前式』を想定している感じだが、ガーデンウェディング形式も組み込まれているようだ。
木造で古式ゆかしく、且つ荘厳な印象を持たせつつ、機能美も追求した屋根付きのスペースには人数分の椅子が並び、周囲には日本庭園が広がっている。式場の三方向を取り囲むのは見事な藤棚で、水と土属性魔術により徹底管理され、年中花が咲き乱れる仕様らしい。
藤の花には『優しさ』『歓迎』『恋に酔う』『決して離れない』といった意味があり、特に紫色には『君の愛に酔う』という花言葉がある。結婚式場を華やかに飾る花としては、確かに最適なのだろうな。
そんな式場の中央には紅絨毯が敷かれ、その先ではもう、和装姿の叶糸が凛々しい顔で待っているのだが——
(そんな格好なのにずっと尻尾を振ってるとか、可愛過ぎやしないか?)
愛らし過ぎて、逆にスンッと冷めた顔になってしまう。参列者達は剣家一行以外、揃いも揃ってにんまり顔だが、叶糸本人はずっとこちらを見ていてその事には気付いていない様だ。そんな彼がまた可愛くて仕方なく、思わず口元を食いしばってしまった。
アルサの誘導に合わせ、一歩、また一歩と慎重に紅絨毯を進む。相変わらず緊張はしていないが、『幸せ』そうにこちらを見ている叶糸の姿が視界に入ると、こちらまで嬉しい気持ちになってくるのだから不思議なものだ。
叶糸の隣に辿り着く。
私の手を今度は叶糸が取り、揃って前を向き、また一歩前に出る。
神職である斎主が取り仕切り、厳かな雰囲気の中で挙式が始まった。時折聞こえる舌打ちは、その位置からして剣家の誰かのものだろうが、気にしない。一々腹を立てていてはストレスフルで倒れてしまうからな。
一同起立し、斎主による祓詞に続いて清めのお祓いを受け、挙式の手順を着々とこなしていく。
こうして、私達は仮初の夫婦となった。
𝕜𝕠𝕞𝕒𝕔𝕙𝕚
257
紫倉 紫
501
コメント
1件
「和装なのにずっと尻尾を振ってる叶糸さん、可愛すぎて私もスンってなっちゃいました(笑)。緊張はしてないのに、彼の幸せそうな顔で嬉しくなるっていうアルカナさんの心の変化がじんわり伝わってきて素敵。藤の花言葉も美しく、『仮初の夫婦』の行く末が気になります!」