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「どうして、泣いてんだよ。エトワール」
「ある、あるべ……ど」
目を奪われるほど美しい紅蓮に、私は抑えていた涙がぶわっと湧き上がってくるような感覚になり、そのままボロボロと泣いてしまった。
それにびっくりした彼、アルベド・レイはぎょっと目をむいて、泣くなとでも言うように私にハンカチを渡してきた。
「何で、アンタがハンカチなんて持ってるのよぉ」
「お前、泣いてんのか俺の事貶してんのかどっちだ」
彼の手にある白いレースの刺繍が入った可愛らしいピンクのハンカチに、私は泣きながら笑ってしまった。それでも、涙は止らないから彼にもらったハンカチで涙をふきつつ、私は顔をそれで隠した。矢っ張り、見られるのは恥ずかしいし、見られたくなかったから。
彼はそんな私を見て呆れた顔をしてため息をつくと、隣に腰をかけて私の頭を撫でた。その行為が心地よくて、私は更に涙を流してしまった。
アルベドは、どうしたら良いのか分からず、ずっと私の頭や背中を優しく摩りながら落ち着くまで待っていてくれた。
それが、凄く嬉しかった。
今まで、こんな風に誰かに慰められたことが無かったから。でも、私は今一人になりたい。嬉しいけど、慰めとかがほしいわけじゃない。きっと今の私に必要なのは、一人の時間だと。
放っておいて欲しくて突き放す言葉を口にしようとした。だが、それを阻み口を開いたのはアルベドだった。
「誰に泣かされた?」
「ふぇ?」
私は一瞬、アルベドの言葉が理解できなかった。でも、顔を上げて彼の顔を見れば凄く怒ったような表情で、その黄金の瞳には私を心配するように揺らめいているのが見えて胸が締め付けられた。
なんで、貴方がそんな辛そうな顔しているの? 私が勝手に一人で泣いているだけなのに。
私は、ただ首を横に振って違うと答えた。泣いていないと言ったつもりだが、この状況では泣いていないなんて思われないだろう。ハンカチもかしてもらっているのに。それでも、それは私の強がりで、アルベドの記憶を消せるなら、私が泣いていたところを全て消したいぐらい。
すると、彼はムッとした顔をした後私を引き寄せて抱きしめてくれた。
「え、え、ど、何で!?」
「元お前の護衛か? ブリリアント卿か? それとも、いけ好かない皇太子か?」
「え……ぇ」
アルベドの言葉に私は何て返せば良いか分からなかった。
それはきっと、誰に泣かされた? という先ほどの問いに繋がるもので、アルベドはその三人の誰かに泣かされたのではないかと予想しているようだった。その予想は、合っていて、半分間違っていた。
泣かされたというか、勝手に泣いているだけなので、これでリースだって答えたらアルベドはどんなかおをするだろうか。少しの好奇心で言ってみたくもなかったが、本当に勝手に泣いているだけなので口が裂けても言えなかった。それに、言ったとして何かがかわるわけじゃない。だから、私は躓いて転んだだけと見え見えの嘘をつく。
「躓いちゃって。その、会場でね! 馬鹿みたいに転んで、それで恥ずかしくなって泣いちゃって……一人になりたくて……」
「お前らしい」
「でしょ?」
「……なわけないだろ」
このまま押し切ればどうにかなるだろうと思って、顔を上げたがアルベドの顔は依然として曇ったままだった。まあ、当たり前だった。こんな嘘でだませる相手では無い。
「言いたくないのか?」
「…………」
「はあ……言いたくないなら、いい。別に無理矢理聞こうとは思わねえし」
「……ありがと」
妙に優しいアルベドに戸惑いつつ、取り敢えずは「何も聞かないこと」に感謝を伝え、私は彼の肩を借りた。
彼はそれを退けることなく、寧ろ私の肩を抱いて優しく撫でてくれた。そこまでしてくれなくても……と思ったが、振り払う気も、気力もないので私はされるがままに、彼に委ねていた。
噴水の音だけが響き、私は少しずつ冷静さを取り戻しつつあった。それでも、気を抜けばすぐに先ほどの光景が頭の中に蘇ってきて、苦しい気持ちになった、でも、これを吐き出すことは出来ないので、私は苦しさを抱いてアルベドに寄りかかるしかなかった。
それから、しばらくの間私達の間に沈黙が流れ、お互い一言も話さなかった。
私は、何だか眠気が襲ってきたのでウトウトしていたのだが、不意に聞こえてきた彼の声に一気に意識を覚醒させた。
「落ち着いたか?」
「え、あ……あ、うん。さっきよりかは」
「そうか。よかった」
と、彼らしくない優しい声色で言うものだから、私はバッと身体を起こして彼を見た。いきなりの行動に驚いたのか、アルベドは何だよ。と機嫌悪そうに眉をひそめる。
「俺に触れられて嫌だったとか、文句は聞かねえからな。大体お前が……」
「別に、そんなこと言おうとしていたわけじゃないの! もう、勝手に勘違いして」
「なら、なんでいやそうな顔してんだよ」
「元々こういう顔なのよ」
「嘘つけ、そんな顔なわけねえだろ」
「なら、どんな顔だって言うのよ」
「……そりゃ……………、かわいい」
ボソッと呟いた彼の言葉が聞き取れず、何? と聞き返せば、彼は髪の毛と同じぐらい真っ赤な顔になって何でもねえ! と叫んだ。
いきなり叫ばれたため、私は耳を塞いだ。いきなり叫ばないで欲しい。
「耳痛いじゃん! いきなり叫ばないで!」
「それは、お前が!」
「私が何よ!」
と言い合いをしているうちに、私達はまたいつものように喧嘩をしてしまった。どうしてこうも毎回言い争いになるのか分からないが。彼とは合わないというか、逆に言えば彼だからこそ素を出せるのかも知れないが。
それから、少しの間言い合いが続き、お互いきりがないと言うことで二人とも口を閉じた。だが、そんなことすればすぐに沈黙が訪れるので、私は気になっていたことをぶつけることにした。
「それで、気になってたんだけど、どうしてアルベドがここにいるのよ」
「俺がいちゃ悪いのかよ」
「そ、そういうわけじゃないけど……その、来ないと思っていたから」
そう私が言ってやれば、アルベドはふーんと私を舐めるように見た後、嬉しそうに口元を歪めて顎に手を当てた。嫌な予感しかしないと思いつつ彼を睨んでいると案の定、私をからかうように言葉を投げてきた。
「俺に来て欲しかったわけだ。俺に会いたかったわけだ、エトワールは」
「何でそうなるのよ!」
「そういうことだろ? 来ないと思ったって……来て欲しかったって事の裏返し……」
「違うって言ってるでしょ!? 何度言ったら分かるのよ! アンタって本当に馬鹿ね!脳みそ詰まってるの?」
「……あぁ、馬鹿だぜ。お前のせいで馬鹿になったんだ」
と、何故か私のせいにされて、私はさらにムキになって色々あーでもない、こーでもないと彼に暴言を吐いてしまった。けれど、彼にとってはそんなこと痒くもないのか、笑って聞き流して、終いには頭をポンポンされる始末。
それがたまらなく恥ずかしくて、鬱陶しくて、なんとも言えない気持ちになってしまったため、私は彼に背を向ける。
後ろからアルベドの愉快そうな声が聞えたが私は聞えないフリをした。顔が熱い。
「エトワールこっち向けよ」
「嫌、嫌! だって、またからかう気でしょ!?」
「何でそう思うんだよ」
「アルベドだから」
そう返してやれば、チッと舌打ちを鳴らしてアルベドは頭をかいていた。何故舌打ちを鳴らされなければならないのかと私は不満を彼にぶつけるためにアルベドを睨んでやろうかと、振向いたが、そんな気が失せるぐらい彼の顔は真剣そのもので、思わず息を呑む。
すると、アルベドは私を抱き寄せたかと思うと、私の顎をつかんだ。
(え、待って、え、キスされる――――!?)
私は咄嗟に目を閉じた。
だが、幾ら立っても唇が触れる感触も近付いてくる気配もなくて、私は恐る恐る目を開いた。すると、目に飛び込んできたのは腹を抱えて笑っているアルベドの顔だった。
「な、何で笑うのよ!?」
「だって、お前、キスされるとでも思ったのかよ」
「な、な、違う、違うわよ!」
「あ~だってそうだよな。そういう約束してたもんなあ」
「いつの話!? 時効よ、時効!」
アルベドは、いつぞやの約束を掘り返してきて冗談めかして言うが、全然冗談には聞えなかったし、そういう雰囲気だったのではないかと私は思ってしまった。確かに私の勘違いが招いた結果なのだが、それにしても腹立たしいことこの上ない。
私はアルベドのすねを蹴ってやった。だが、彼は痛がるどころかニヤリと意地悪そうに笑い、もう一度私を抱きしめた。
「だから、苦しいのよ! 離れて!」
「離れたら、また泣くんじゃないのか?」
「まさか!?」
別に、アルベドがいなくて寂しいから泣いていたわけでもないし、彼も冗談で言ったのだろうが、私は全力で否定して彼の胸板を押した。
彼は必死な抵抗をした私を見てか、渋々離してくれたが、何とも名残惜しそうなかおをしていた。
(何よそれ、私が悪いみたいに……)
別に全力で拒絶したわけでもないのに、アルベドは本気に捉えたのだろうか。いや、そんなはずはないと、私はアルベドを見た。私が見たときには既にいつも通りの余裕たっぷりといった表情を浮べており、私のみ間違えかと考えないようにした。それが一番いいと思ったから。
「んで、俺がここにいる理由が知りたかったんだな」
「そ、そうよ。何でアンタがここにいるのよ」
彼がようやく、言い争っている間にずれてしまった論点を戻してくれたので、私は乗っかるように、それ、と口に出していった。
アルベドは、フッと口の端をあげて笑うと足を組み直し私の方をちらりと見た。もったいぶらずに早く教えてくれれば良いものの彼は中々教えてくれない。
私は、てっきりアルベドは差別をするわけじゃないけれど闇魔法の者だから呼ばれていないと思っていた。ヒロインのストーリーでも、最後らへんに出てきた攻略キャラだったし、今回は来ないだろうと思っていたのだが。
(矢っ張り、私が色々動いちゃったせいでストーリーが変わっちゃったとか……?)
その節は濃厚である。だが、そうすると一体誰がアルベドを招待したのだろうか。基本、闇魔法の者を軽視する帝国民は、貴族達は闇魔法の家門の貴族を呼ばない。だからこそ、アルベドが誰に呼ばれて、何でどういった理由でここにいるのか分からなかった。招待されても蹴るような男なのに。
「誰に招待されたのか気になってる顔だな」
「な!? 何で分かったの」
「お前の考えてることぐらいはな」
「顔に、顔に出てたとか?」
どーだろうな。とニヤニヤはぐらかすように笑うとアルベドは、私から視線を外して皇宮の光を見つめた。私は、何時の間にか彼に見入っていたようで、彼の横顔がとても綺麗で思わず頬を赤らめてしまう。だが、それも一瞬の事で、アルベドはまたこちらを見ると、私はいけないと頬を叩く。アルベドにバレでもしたらまたからかわれると思ったからだ。
アルベドは、少し考え込むような素振りを見せた後、真剣な表情になり私を見た。
そんな深刻なことなのかと固唾をのめば何てこと無いアルベドはまたフッと口の端をあげた。
「そーだな。誰に招待されたのか……それは、お前のよく知ってる人物だよ」
「はぐらかさないで教えて。会話をしたいわけじゃないの」
「ひっでぇ」
「早く」
そう、私が急かせば降参とでも言うように手を挙げて、アルベドは目を伏せた後、その黄金の瞳を鋭くさせ私にこう言った。
「皇太子だよ。リース皇太子殿下に、招待されたんだ」