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第8話:泡の遺書
天球第六観測市《リヴィルナ環》の泡伝達塔で、
一通の読み取られる前に破裂した泡文字が問題になっていた。
「送信者:レト・シェイル」 「内容:読取不能(外的破裂)」 「記録:なし」
本来、泡文字は読まれた瞬間に弾ける。
それ以外の方法で泡が破裂することは、“ありえない”とされている。
その“ありえない”が、今、起こった。
この調査にあたるのが、泡記録保全官《ルオ・ディナ》。
15歳、藍紫の短髪に泡流符《フロートル社製》を耳に巻く。
記録官用の制服は、泡の流れを視覚化できるよう半透過素材。
瞳は明るい琥珀色で、光の乱反射で相手の“声の重さ”がわかる特殊視力を持つ。
彼女は幼少期から「読まれなかった泡」だけを集めるのが癖だった。
ルオが調査室で泡の残滓を触診していると、
記憶反応が、わずかに残っていた。
そこには、こう書かれていたという証言があった。
「わたしは……殺された。」
だが、レト・シェイルという人物の存在記録そのものが消えていた。
住民登録、通気証、泡許可証──すべてが空白。
まるで「もとからいなかった」かのように。
泡を読まずに破裂させられるのは、現在《ソラー社》が独占管理している
**「泡解読阻止信号《Zero-Vox》」**の影響と考えられた。
Zero-Voxは、音響の“重さ”を使って泡の共鳴を狂わせ、
未読泡を自壊させる装置だ。
本来は高機密泡の消去にしか使われないはずの技術だった。
「誰が使ったの?」とルオは問う。
その問いに、泡伝達局の上官はこう答えた。
「記録にありません。 記録がないということは、“起こっていない”ということです。」
ルオはそれでも諦めなかった。
地上の泡水殿《シオ・カイレ》にある古い紋章室を訪ねる。
壁に刻まれていたのは、「DEL」「ESC」「NO SIGNAL」などの地球語記号。
いずれも、**“記録を否定する言葉”**だった。
それらは今では、《失言除けのお守り》として祀られていた。
「泡が破裂するのは、言葉が届いたから。 でも言葉が消されれば、“人”も届かなくなる。」
泡水はそう語った。
ルオは再び、レトの記録を探す。
ある日、月の記憶祭が開かれる夜、
彼女は満月の下で泡を吹いた。
「レト。あなたはいた。 私だけでも、それを知ってる。」
泡は風に乗って、しばらく揺れ、
やがてはじけた。
その夜、泡記録端末《ネフリオMini》が自動再起動する。
映像の中には、
静かに手を振るレト・シェイルの姿があった。
誰かが残した“消えるはずの記録”だった。
記録は再生後、完全に消滅する。
ルオはもう一度泡を作った。
「記録が残らないなら、 私が思い続ける。」
彼女の浮力は、
少しだけ、増していた。