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空には三日月がこの愚かな青年を笑っている様だ。
王国というひとりでどうにか出来るわけでもないものを何のツテもなく実績も持たず変えようと言うのだ。当然それは正攻法ではなくなる。
「この国に生まれて──それでも仕組みとしては納得できていたさ。いつか中から変えてやると、それができる時は来るとそう思って彼女の祈りを後回しにしていた。すぐに実行するならどう考えても力業しかない。俺にあるのはそれだけなんだから。今以上の血が流れる。比較にならないほどの大量の血が。だから他の方法があればと……」
青年は屋根の上で月を眺めて拳を握る。
「けど、もうやめた。既にどうしようも無いんだ。上流から下流まで濁っているなら、その澱みは俺が──掃除してやるしかないだろう」
青年は闇を集めて自らを着飾る。黒のズボンにシャツ、ブーツも黒。コートも黒だが、内側は真っ赤に燃える様な赤だ。
フードを被れば、その顔は暗闇に隠された。
青年は既に自室に書き置きを残している。
この世界で自分を愛してくれた両親には感謝しているし別れたくないが、これからする事と両親の愛の庇護下での生活の両立など願ってはいけない事だ、と家族愛を切り捨てた。
家族愛の代わりに彼は闇を手にした。水に落とした墨のようにそれは彼の心に広がっていく。
「俺はもう戻れない……だがお陰で躊躇いもない」
ザアッ──と風に流される様に闇に溶けていく。
煌びやかに飾られたホールでは、貴族の成人のお披露目会が行われている。
新成人たちはみな約束された将来に湧き立っていた。
豪華なシャンデリア。食べられないほどに所狭しと並べられた食事の山。婚約だのなんだのと色めき立つ参加者たち。
そのシャンデリアから液体の様なものが落ちてくる。
「なんだ?」「なにあれ、水?」「あんな真っ黒な水があるか。誰かの悪戯か?」「ちょっと、肩に掛かったんだけど⁉︎」「一体何の騒ぎだ⁉︎」
口々に喚く参加者たち。
「いいやあぁぁぁぁぁあっ!」
突然叫ぶ女に何事かと振り向いた者たちはその光景に固まる。女の右肩から腕ごと反対の腰まで絡みつく様に黒い人の出来損ないのようなものが纏わりついていて、それが女の頭を半分咥えていたのだ。
「何だその気持ちの悪いのは⁉︎」
「だ、だ、れか……たふけへ……」
女はそのまま黒い何かに取り込まれていく。
そんな中、黒い水溜まりの上に立つ男の姿を全員が目撃する。足元の黒色は網目模様に広がり、部屋を埋め尽くした。
「何だ貴様は! いつからそこにいるっ!」
この会場のホストである貴族が、現れた不審者に問いかける。
「俺は、お前たちの先祖の英雄たちと同じ存在だよ。尤も──お前たちの敵だけどな」